サクッ!と猟奇歌

過去ログ4

闇に転げる削除
投稿日 2003/06/15 (日) 20:20 投稿者 小田牧央


 初めに違和感を感じたのは外灯だった。狭い四つ角で夫がハンドルを切ると、夕焼けを浴びた電柱が車窓を通り過ぎた。視界の隅で、私は電柱から枝分かれするように伸びる外灯に明かりがないことに気付いた。いつもならもう点いているはずなのに。
 ガレージに車を駐めて、夫と二人ビニール袋を両手に下げる。鍵を渡された娘が玄関に走る。遅れて息子がその後をよちよちと追いかける。オーバーオールを着た四才の息子。極端に口が重く、いつも部屋の隅でじっとしている。おまえに似て大人しいんだなと夫が笑うたび、本当はもっとなにか深刻な事態のような気がして、不安が胸の底に残る。
 娘の開け放した玄関に入ると、家の中は薄暗かった。奥のほうからドタドタと足音が聞こえる。娘のシューズをそろえ直していると、夫が照明スイッチをパチパチと切り替える音がした。ブレーカーかな、そうつぶやき夫は台所へ向かう。
 息子は黙って私を見上げていた。台所に持っていってと頼みながら、菓子の詰まったビニール袋を渡した。なにも言わずに受け取り、息子も奥に消えた。
 玄関の鍵を閉めようと扉に手をかけた。マウンテンバイクにまたがった金髪の若者が、ガレージを覗き込んでいる。なんだろうと思いながら扉を閉める瞬間、隣家にも明かりがないことに気付いた。停電だろうか。
 台所では夫が戸棚を漁っていた。懐中電灯はどこだと訊かれ、私は右下の棚を開ける。けれど、記憶していたはずのマグライトはなかった。
 天井から娘の足音と声がくぐもって聞こえる。二階にいたのか。でも、それならさっき奥のほうから聞こえた足音は誰のものだったのだろう。そういえば、息子の姿もない。
 ロウソクでも買ってこようか。夫の提案に私はうなずく。昔の家なら当たり前にあったマッチもロウソクも買い置きなどない。停電自体何年ぶりだろう。
 夫はコンビニにでかけ、私は買い込んだものを黙々と冷蔵庫に詰め込んだり、洗面所や物置の戸棚に運んだ。ときどき二階から声が響く以外は音もなく、次第に薄暗さが増していった。
 暗さに夕食の準備もできず、子供達のことが気にかかり二階に上がった。子供部屋では娘が出窓に登って膝で立ち、じっと外を眺めていた。空が菫色に染まり、少しふくらんだ半月が明かりのない路地を照らしている。しかし川向こうからは区域の違いなのか、点々と明かりが散っている。
 不安げな顔で私を見上げ、どうして暗いのと訊く娘に停電のことを説明しながら、脇の下を抱えて出窓から降ろす。それから息子の姿を見かけなかったか訊くと、外にいたよと答えた。
 どうして外になんか。問い返す前に娘はパタパタと走って廊下に飛び出た。後を追いながら考え込む。しょうがない、探しに行こう。今日は外食するしかないだろうし、夫が戻ってきたらでかけよう。そういえば、コンビニは歩いていける距離なのに、帰りが遅い。煙草でも喫っているのだろうか。
 廊下にでると、娘の姿がなかった。階段を下りたが、やはりいない。娘との距離はそんなになかったはずなのに。腑に落ちなかったが、それより息子を連れ戻さないと思い、玄関でサンダルをつっかけ外にでた。
 路地に人通りはなかった。わずかな間に暗さが増したように感じた。何気なくガレージを覗きこみ、息を飲んだ。フロントガラスにヒビが入っている。空気を抜かれたのかタイヤもぺちゃんこだ。マウンテンバイクにまたがっていた若者の姿を思い出した。もっとよく調べようとガレージに入りかけたとき、後ろから手首をつかまれた。
 思わず短い悲鳴をあげ、半歩飛び退いて振り返ってみると、頭から血を流した男がコンクリートの床に倒れ込むところだった。ゆっくりと身体を仰向け、薄闇に顔が浮かぶとそれは夫だった。慌ててひざまずき、どうしたのと肩を揺らす。
 外に、でるな。虫の息でそうつぶやいて、夫は眼を閉じ動かなくなった。頬に触れても反応がなく、息さえかぼそい。私は頭をぐしゃぐしゃに掻き乱し、救急車を呼ぼうと玄関に駆け込んだ。
 廊下は闇に沈み、半分手探りで進むしかなかった。鼓動の激しさに胸が痛み、無我夢中で台所に走り込んだ。フランス窓から月の光が射し込み、廊下よりは明るかった。
 私は受話器に飛びつき、震える指で番号を押した。けれど応答がない。ツーという発信音さえしない。まさかと思いながら握りしめる受話器をゆっくり持ち上げると、切断されたコードが揺れていた。
 自分が帰宅直後の服装のままだったことを、そのときやっと思い出した。胸ポケットから携帯電話をとりだし、番号を押しながら少しでも電波の受信がよくなるようフランス窓に近付く。
 携帯を耳にあてると、ザーッというノイズが聞こえた。通話を切り、もう一度番号を押し、耳にあてる。同じホワイトノイズが鼓膜に響いた。
 視線が、テーブルの上の小さな人影をとらえる。息子がテーブルの上に腰掛け、スナック菓子をつまみながら私を見上げている。玄関で渡したビニール袋が横に転がっている。ブラブラと前後に揺らす足が軽く椅子にぶつかり、大きな音を立てて倒れた。思わず視線が椅子の背にひきつけられると、ライトブラウンの木目の上を影がよぎった。ハッと振り返ると、フランス窓の向こう、滑るように移動する黒雲が半月を覆い隠し、そして真の闇が訪れた。



おはじきとガラス削除
投稿日 2003/05/21 (水) 22:01 投稿者 小田牧央


 夕奈は目を覚ました。天井の木目に縁側が反射した木漏れ日が揺れている。午睡から覚めると、いつもこの光景が見える。
 タオルケットはどこかに吹っ飛んでいる。起き上がれば祖母がテレビを観ているだろう。掛け布団を丸めた上に枕を積んで横たわった祖母が、なにも理解していない目でテレビを眺めているだろう。それがいつもの光景だ。
 けれど夕奈が身体を起こすと、そこには空っぽの布団だけが長々と横たわっていた。いつもなら、卓の上に祖父が黙って置いていく菓子か果物があるはずだ。けれど、今日はそれもなかった。
 空っぽの布団に、小さななにかが落ちている。透明で、丸い形。ガラス製のおはじきだ。点々と畳の上にも散っている。陽射しを受けて輝いている。
 縁側に腰掛ける背中があった。逆光に祖父の後ろ姿は影になっている。背中が作る日陰に、キャップを外したままの赤色のマジックペンが転がっている。
 夕奈は立ち上がり、髪を両手で直しながら祖父の背中に歩み寄る。気配を感じたのか、祖父が首だけ振り返る。蓋の開いた小さな段ボール箱を膝に乗せている。
 ガラス、という赤い文字が段ボール箱に書かれている。いくつもいくつも、大きさの異なる文字が箱の蓋にも側面にも書かれている。危険、危ないという字もいくつかある。
 足下で音がした。見下ろすと、橙色のなにかが砕けていた。半透明の砕けた橙色が陽射しを受けて輝いている。中に詰まっていたらしい微細な橙色の粒々が溢れこぼれている。しばらくみつめて、やっとわかった。いよかんだ。ガラス製のいよかんだ。皮も房も顆粒もすべてガラス製のいよかんだ。砕けた橙色に真っ赤なおはじきがばらまかれている。
 一歩、夕奈は後ずさった。右足の甲が、爪先から半分無くなっていた。鋭いギザギザがあって、赤いおはじきがぽたぽたこぼれ落ちる。
 呻き声がした。顔を上げると、身体をこちらにねじ向けようとする祖父の姿があった。膝の上の段ボール箱が傾き、縁側に倒れる。波のような音をたてて箱の中身が広がった。薄いガラスの破片と色とりどりのおはじき。
 祖父がそれらの上にかがみ込む。箱の中に戻そうと両腕を伸ばし、かき集める。剥き出しの両腕に、血の滲んだ切り傷がいくつもできている。



逆桜削除
投稿日 2003/04/20 (日) 20:55 投稿者 小田牧央


 所用で上京した姉に、街を案内していたときのことです。兄弟姉妹でいちばん年長の人で、私とは十も違います。今年で還暦なのですが、脚の丈夫な人で私のほうが先に息があがりました。
 春盛りで陽気のいい日でした。私達は言葉少なに近況と街の雰囲気を語り合っていたのですが、高架下の橋を渡ろうとして不意に姉が足をとめました。どうしたのかと振り返ると姉は鉄製の欄干に身を寄せ、憑かれたように河面を見下ろしているのです。
 幅広の河面は雑居ビルと高速道路に空を覆われ、暗緑色の闇に溶け込んでいます。流れもなく古沼のごとく淀んでいるばかりです。その河面をちらちらと白く細かいものが川幅いっぱいに浮かんでいます。
 それは桜の花びらでした。見晴るかす限り両岸に街路樹はおろか雑草の類もないのにです。私達は声もなくその薄汚れた、儚げで哀しい情景を眺めておりました。それから、姉は河面をみつめたまま、昔の話を始めました。
 姉が数えで六つになったときのことです。実家の玄関前に神社への急な坂道があり、姉は真夜中、二階の和室から時折その坂の往来を見下ろしていました。一緒に寝起きしていた祖母のいびきで目が覚めることがあったからです。アスファルト敷きの坂道には二つのマンホールがあるのですが、ある晩、姉は奇妙なものをそこで見ました。
 窓を挟んでマンホールは左右同じ距離に離れています。高い位置のほうの蓋がずれて、ちろちろと細く水が流れ出しているのです。ちらちらと白く細かいものが水の上を流れていくのが月に照らされわかりました。流れは低いほうのマンホールに吸い込まれてゆきます。
 いつしか祖母のいびきもやんでいましたが、姉は布団に戻らず黙ってその光景を眺めていました。水の流れは変わらず上から下へと続いています。どうしても不思議に思えてならず、寝間着姿のまま一階におり、小さな足に庭下駄をひっかけ表の坂道にでました。
 水の流れは途絶えていませんでした。微かに甘い香りがしていました。上のほうのマンホールに向かって歩きながら、つぶさに流れを眺めて、初めて姉は白くちらちらしたものが桜の花びらだと気付きました。それはとても奇妙なことでした。なぜなら坂道にもその近辺にも桜の木はなかったからです。
 月が坂道を白々照らしていました。姉は高い位置のほうの、ずれていたマンホールの蓋に手をかけ、横に引きました。六才の腕には重かったことでしょう。そしてマンホールの中を覗き込んだのです。
 私はこの思い出話そのものが、きっと姉のみた夢かなにかだと思うのですが……そこには逆さの坂道がありました。畏ろしい虚空が広がっていました。逆さの世界は月のない闇夜だったのです。
 坂の左右を古びた民家が軒を並べていました。闇夜で家々に灯りもなく仔細はよくわかりません。坂の下のほう、いえ、逆さの世界では坂の上のほうになるわけですが、その突き当たりに桜の巨木が枝を広げていました。花びら一枚一枚が白く透き通り、まるで発光しているかのようでした。
 姉はあまりに意想外な光景に驚き、しばらく声を失っていました。花びらはあの桜から散り落ちたものらしいとわかりましたが、さて、それでは水はどこから流れてくるのか。坂のほうに目を戻すと、やはりもう一つのマンホールがあり、そこから姉のいるマンホールまで水が流れてきています。しばらく考えて、ようやく姉は理屈を飲み込みました。水はただ自然に高いほうから低いほうに流れます。しかしこちらの世界とあちらの世界とでは重力の向きが逆ですから、水はぐるぐると両方の世界を往復し、いつまでも坂道を流れ続けることになるのです。
 夜風が頬を撫でました。桜から花びらがきらきらと輝きながら坂道を舞い降りてきました。甘い香りが強くなって、姉は夢のような心地に包まれました。ぼんやりとした頭で坂道の家を眺めていると、見覚えのある家屋が目につきました。自分の家とよく似ているのです。
 そこで姉は話をやめました。河面から目を逸らし、私の顔を見て謎のように微笑みました。私達は欄干から身体を離し、歩き出しました。他愛のない雑談を交わしながら、私は実家の前の坂道に、神社などあったかどうか考えていました。



猫の工場削除
投稿日 2003/03/16 (日) 21:08 投稿者 小田牧央


 夜の帰り道、小さな影が横切った。驚いて立ちすくんだら、影も四つ足をとめて私の顔を見上げた。
 近所でよく見る白い猫だった。飼い猫なのか野良なのか知らない。餌をあげたことも撫でたこともないけど、近寄っても逃げないし人に慣れてるみたい。
 飲み会で遅くなって零時過ぎてた。なんとなく猫と睨み合いになった。夜だから真ん丸の黒い目になってる。酔って頭がぼうっとしてたせいかもしれない。
 小学生のとき友達の家にいた猫のこと思い出した。ピギーて名前で、抱きかかえようとして持ち上げたらフニャフニャでびっくりした。暴れるピギーがマシュマロみたいに柔らかくて、でも私の手から逃げたら庭石の上にスクッと立った。あんな柔らかいのにどうしてまっすぐになれるのか不思議だった。
 猫がちょっと呆れた表情になって、私から顔を逸らして歩き出した。どこ行くんだろと思ってたら、コンクリの三段しかない階段上って細く開いてるアルミのドアに入った。ドアは上半分が磨りガラスでオレンジ色の明かりが映ってる。
 暗くてよくわかんないけど四角くて窓もないから工場なんだと思う。コンクリの階段上って冷たいノブをつかんで少し引いて暗い部屋を覗き込む。奥に水色のペンキが塗られたドア。握り拳の幅くらい開いてて、奥の部屋からオレンジ色の光が射し込んでる。変な臭い。生ごみに似てるけど、そんなに強くない。なんてゆうか、もっとすうすうした、生肉みたいな臭い。なにか作業してる人の気配がする。
 大きなドラム缶、セメントの床に埃を被った金属製の棚、積み重ねられた段ボール箱。一番上の段ボール箱の蓋が開いてる。なにか平べったいのが積み重なってる。
 暗さに目が慣れてきた。段ボール箱の中にあるのは、毛皮だった。小さな四つ足の、平べったい、猫の全身の毛皮。ビニールの紐でくくられて束になってる。
 猫を探した。あの猫も殺されちゃうかもしれないと思って探した。
 白いのが見えた。手前のドラム缶に隠れてた。あの水色のドアが細く開いて、猫はそこから奥の部屋を覗き込んでる。私は忍び足で猫の足下まで近付く。気付かれてないよね、と水色のドアの隙間から奥の部屋を覗き込む。
 パイプ椅子に座った小柄な作業服の背中。黒い毛皮の口に腕を突っ込んでる。それから腕を抜いて、机の上に並んでるプラスチック製の半透明な棒をつまむ。両端がちょっと複雑な形をしてる。棒をつまんだまま腕を毛皮の中にまた突っ込む。腕を抜いて、立ち上がる。
 金属製の機械の前に立つ。ソフトクリーム作る装置みたいな下向きの三角錐があって、その先端に毛皮の口をあてがう。片手で男はつまみを回して、レバーを下げる。
 機械が唸った。凄い音。男が両手で猫の口をしっかり支える。そしたら三角錐の先端から赤茶色いものが吹き出て、毛皮の口に注ぎ込まれた。あの生肉の臭いが強くなる。
 音が止まった。赤茶色いのも止まって、男は猫の口を閉めて、首の後ろをつまんで上下に振った。
 猫の目が開いた。膨らんだ手足の先が動いて、暴れ出した。男が指を離すと、猫はセメントの床に着地して、一声鳴いた。
(あれがオレのヨメさんになるんだ)
 足下からの声に視線を下ろすと、白猫が気恥ずかしそうな顔で私を見上げてた。



消化不良の牛乳よ、さらば削除
投稿日 2003/03/04 (火) 12:57 投稿者 komaru

愛してるのに白く冷たい
そんな星の下に生まれ
苦しむでもなく
吐き出すでもなく
胃の中で消化不良

温めても膜の張らない
私で在りたいものだ



賞味期限削除
投稿日 2003/02/27 (木) 20:40 投稿者 音舞紅緒

眠ればいいのに 
私は自らの眼球をまた自らの瞼の下でゴロゴロいわせる
赤と紫のアラベスクが蠢いている
そうして脳を酷使することに満足すると私は話しかける

女の瞼がひくひくとふるえる
長いまつげが絡まっているのを無理矢理こじ開ける
「ねえ、アラベスクよ」
「何が?」

きっとこのまま腐っていくのだ
沈んでいく感じと浮上する感じ 
眠る寸前と起きようとする感覚 
そんな・・・・

「お弁当よ」
「マジ・・・?」
「木綿のハンカチを開くと脳が入っているの。」 
「アラベスクだろ。」

きゅっと布を縛ると可愛い
女はそう言ってまたぐったりとしている
逃げようとは思うが体がいうことを聞かない
女は眠らない

私が起きていればあいつは勝手に出ていけない
アラベスクが体を覆う
私かあいつかどちらが先か
きっと誰かが食べてくれる



賞味期限削除
投稿日 2003/02/27 (木) 20:35 投稿者 音舞紅緒

寝不足で、幻覚を見る寸前名感じです。
コレ



ピアス病削除
投稿日 2003/02/23 (日) 10:27 投稿者 小田牧央


 休日の昼下がり、私は地下鉄の先頭車両にいた。席は半分ほど空いていたが、座りはしなかった。暗がりをヘッドライトで切り開きながら線路の上を進む、あの光景を眺めるのが好きだった。
 速度計の針が回転し、スピードが緩まる。プラットフォームが現れ、人波が後方に流れ去り、列車が停止する。
 扉が左右に開く音に振り向き、私は思わず目を見開いた。乗り込んできたのは一人の男。革靴、白いジーンズ、黒いロングコート、ごく当たり前の服装でありながら、頭部と手首だけが異常だった。黒いビニール製のゴミ袋を頭に被り、前にそろえて差し出す両手が手錠でつながれている。
 ビニールは男の頭部を完全に包み込み、首筋さえ見えない。息をするたび、袋はわずかに膨らんでは縮む。頭頂部よりやや後ろに、なにか尖ったものがあるのか不自然に膨らんでいる。
 座っていた家族連れが父親の呼びかけで立ち上がった。別の車両に移動するのだろう。他の者も意識的に無視したり、小さく指差して連れに話しかけたりしている。私は目を逸らし、視線を戻した。
 やがてアナウンスとともに扉が閉ざされ、列車は走り出した。私は背後の存在を無視し、鉄とコンクリートの光景に意識を集中させようとした。
 しかし、それは長くは続かなかった。ガラスに映る車内の光景が網膜をかすめ、思わず振り向いた。
 男は軽く足を開き、少し猫背に立っていた。座席の端にある銀色のポールを手首で挟み込むようにしている。奇妙なことに、手錠はポールの向こう側にあった。そうするためにはいったん手錠を外し、ポールの向こうに腕を伸ばし、そして手錠をかけ直す必要がある。一人でやるには面倒な作業のはずだが、男はいつの間にそれをしたのだろう。
 再度視線を戻し、軽く首を振る。速度計が最高速度を指している。しかし背中には、男への強い緊張を感じていた。振動、擦れ合う鉄と切り裂かれる外気。次々と照らし出されては呑み込まれてゆく枕木。
 背後から叫び声がした。反射的に私は振り返り、その惨事を目撃した。
 なにが起こっているのか、最初はわからなかった。男は膝をつき、わななく手首の手錠と銀色のポールが触れ合って金属質な音をたてる。後頭部から銀色のポールが黒いビニール袋を突き破り飛び出ている。大量の血が黒いコートを濡らし、床に広がりつつある。
 乗客の反応は様々だった。目をそらす者、動けないまま目を見開く者、隣の車両に逃げ出す者。私は歩き出していた。足が震えるの感じた。血溜まりに足を踏み入れ、腕を差し伸ばす。
 傷を確認しなければならない。自分の鼓動を意識しながらそう思った。男は痙攣するように手足を断続的に動かしている。昆虫の動きに似ている。ビニール袋をつかみ、両手で左右に引き裂く。
 髪の毛がいっさい無かった。ポールをくわえ込んだ男の口から血が吐き出される。男の頭を貫通したポールが頭頂部から突き出ている。そのやや後ろに別のものがあった。プラスチック製の握り、銀色の細い棒。
 私はやがて理解した。光沢性のある布地と自転車のスポークに似た鉄製の細い棒が男の眼球、頬、耳の穴、うなじを突き破り、円周上に並んでいる。
 それは、折り畳み傘だった。深緑色の傘の布地が赤黒い血に染まり、男が痙攣するたびにクラゲのように動いた。



感傷的な男削除
投稿日 2003/02/07 (金) 16:41 投稿者 komaru

世の中には僕のことを
心配してくれてくれる人がいる
おとうさん おかあさん
僕はどうしたらよいか
わかりません

猟奇的な詩を詠う暇があるなら
自分の詩を詠いなさい

このままあなたの死に目に会えないならば
僕は一生後悔するんだろう

わかってはいるのに
わかってはいるのに
僕はこのまま一人ぼっちと
勘違いしているのだろう



水色のワンピース削除
投稿日 2003/01/13 (月) 20:13 投稿者 小田牧央

 ええ、姉は死にました。私の小さい頃に、病院で。いえ、入院してたわけじゃないんです。怪我をしましてね。まあ、あれを怪我といっていいのかわかりませんけど。
 最初からお話ししましょうか。私も姉もまだ小学生の頃のことですけどね。
 元は病院だったという廃墟があったんです。もうずっと前に取り壊されてマンションが並んでますけど、それはもう巨大な建物でした。親からも学校からもそこで遊んではいけないときつく注意されていましたし、鉄条網や立ち入り禁止の札で囲まれてましたが、まあ子供には意味がありません。格好の遊び場でした。
 確か小春日和の、夕方には早い時刻だったと思います。そう、傾いた陽が低く射し込む、でも空は焼けずに透明なままの、あの冬に特徴的な強い日射しの午後ですよ。
 姉と二人で、廃墟を探検していました。姉は水色のワンピースにカーディガンを羽織ってましたね。あちこちうろついては、注射器とか銀色の洗面器とか、病院の備品を投げたり壊したりして遊んでました。
 そうしてる内に、これまで一度も来たことがない場所に紛れ込んだんです。今でもわからないんですよ、あそこがなんのための部屋だったのか。
 なんにもない部屋でした。コンクリートの壁が剥き出しで、床に戸棚かなにかの跡が残ってました。窓はありませんが、隣室に続く短い上りの階段が奥にあって、そこから陽が指してくるので、薄暗かったですけど真っ暗ではありませんでした。
 私はその階段を上って奥の部屋に行こうとしたんです。ところが、姉がこっちからも行けるよと声をかけてきました。観音開きの錆びた鉄製の扉で、子供だった私達の背丈より大きかったですね。それが少しだけ開いていたんです。姉はその扉の隙間から中を覗きこんでいました。
 どちらかというと、当時の私は怖がりでした。お転婆な姉とは好対照でよく親戚に冷やかされてました。鉄の扉の中は暗闇で、なんだか薄気味悪かったんです。だから姉の声が聞こえないふりして、自分はこっちから行くよと声をかけて階段を上りました。
 奥の部屋にもなにもありませんでした。高い位置に小さめの窓があるくらいで、それ以外は吹き込む風雨が壁に染みを残しているばかりです。
 小さな音がして、振り返りました。紙同士が触れ合うような乾いた音です。でも、なにもありません。床の上で埃が丸まっているだけです。そのときになって、あれ、と思いました。あの鉄製の扉からの出口はどこにあるんだろう。
 壁に小さな亀裂がありました。その亀裂は、床と接する辺りで崩れて、小指の先程の穴になっていました。小さな黒いものが、そこから顔を覗かせました。小さな、姉の黒髪です。それは左右を見渡すと、穴からでてきました。小さな小さな、水色のワンピースです。サッと四つん這いになると、小さな姉は素早く手足を動かし床の上を這いずり回りました。呆然としていると、また乾いた軽い音がしました。黒いものが壁の穴から顔を出します。小さな姉がサッと四つん這いになります。続いてまたあの穴から、姉の黒髪が現れたときには、私は逃げ出していました。
 階段を駆け下り、最初の部屋に戻りました。更にその部屋も逃げ出そうとして、私は姉の姿に気付きました。鉄製の扉の前に座り込んで、顔に手の平をあて泣いています。
 恐る恐る近付きました。姉のすぐ傍らにひざまずき、手の平の下の涙に濡れた顔が間違いなく姉なのを確かめ安堵しました。どうしよう、どうしようと姉はそればかり繰り返しています。どうしたの、なにがあったのと訊いても私の声が耳に入らないのです。
 姉が身動ぎしました。ワンピースのスカートの下から、青白い膝小僧がのぞきます。あるべき脹ら脛がなく、代わりに、小さな短い脚が何百本も生えていました。両足一組ずつ、ちゃんと水色のスカートを履いて、虫のようにうごめいては乾いた音をたてます。
 どうしよう、どうしよう。姉の声が薄暗がりに響いていました。



蜜柑葬削除
投稿日 2002/12/23 (月) 20:02 投稿者 小田牧央


 夢の話である。私は喪服姿で正座していた。握り拳を膝に置き、坊主の読経に耳を傾けながらうつむいていた。祖母の葬式である。
 左手人差し指が第二関節の根本から無い自分の左拳を睨んでいた。九才の時に野良犬に噛み千切られたのだ。やがて焼香の順が回ってきたのに気付き、立ち上がって参列者の間を抜け、鯨幕を肩で擦りながら進んだ。
 型通りに焼香を済ませ、顔を上げてみると棺桶に屍が横たわっている。おや、と思った。真横からなのでよく見えないが、祖母の顔ではないようだ。
 振り返ってみる。喪服姿の参列者達は皆、頭をうつむけ前を見ていない。私はそっと立ち上がると、棺桶の中を覗きこんだ。白装束に青い顔で横たわっていたのは、行きつけの中華料理屋の主人だった。丸禿の頭皮が、頭頂から花びらのように四方八方にめくられ、巨大な蜜柑の実が顔を出している。薄皮が綺麗に剥かれ、濡れたオレンジ色が鮮やかだ。
 騒ぎ声がした。振り返ると、喪服姿の参列者達が慌てて左右に飛び退いている。天井につかえそうなほど巨大な祖母が着物姿で立っていた。右手に散歩紐を握り、その先には巨大な黒犬がつながれている。着物姿の祖母は恨めしげに上目遣いで私を睨む。犬は口から涎を垂らしながら、参列者達を喰い殺そうと左右に四つ脚を差し向け畳を泥で汚す。祖母はゆっくりと左手を上げ、私を糾弾するかのように指差す。人差し指の先が花びらのように割り広がり、そこから黒胡麻が絶え間なく落ち続ける。
 すべて夢の話である。



冬の鳩削除
投稿日 2002/11/17 (日) 18:27 投稿者 小田牧央


 商店街の路地を曲がると色数が少なくなった。黒ずんだコンクリート壁の高いところで、嘴を焦茶色に汚した鳩が曇り空を睨んでいる。
 青灰色の羽根や、マフラーのような首筋の青緑のラインを、ただ無意識に眺めていた。それから、不意に母の声が耳に飛び込んできた。
 美味しいお蕎麦屋さんがあるのよ。裏道だから目立たなくて、お客さん少なくてね。この話した?
 聞いた覚えはあったが、心許なくて私は軽く首を振る。母はどうでもよさそうに軽くうなずき、左右を見渡す。
 ここら辺、来るの久し振りね。前はよく食事に来たのに。最近は治安も悪いの。この間来たとき、雀の死体が落ちてて。きっと子供が悪戯で殺したんでしょうね。昔はそんなことなかったのに。
 小学生のとき、学校の鶏が殺されたことを私は思い出す。教壇で先生が、野良犬に襲われたのだろうと説明していた。鶏小屋には鍵がかかっていたはずだった。
 藍色の暖簾に白く店の名前が染め抜かれていた。それが目的の蕎麦屋だとわかった。母と二人、座敷に上がり、暖かい蕎麦を注文した。
 仕事の調子はどう、と母に訊かれ、私はまあまあと答える。地元に残った同級生の消息を母は語る。蕎麦が来て、しばらく無言になる。それから母は顔を上げ、私の目を見る。なにか困ったことがあったら、相談しなさい。
 先に食べ終え、私は足を伸ばし母を待つ。足りなければなにか頼めば、と母は品書きを渡す。目を通し、けっきょくなにも注文せず品書きを卓に戻す。蕎麦を口元に運ぶ母の姿が視界に入り、老けているのに気付く。
 勘定を終え、二人で外に出る。味が変わったみたい、歩きながら母は首を傾げる。
 裏路地を歩き続け、やがて表通りが見えてくる。用水路の幅を広げる工事のこと、北アルプスに登る叔父夫婦のこと、母はとめどめもなく喋り続ける。耳を傾けながら私は曖昧に相槌を打つ。ふと、コンクリート壁の足下、排水溝の溝がある箇所に目が引かれる。青灰色の鳩が首筋を見せてなにかついばんでいる。さっきの鳩だろうか。
 鳩が首をあげる。それまで影になっていた、綿埃のような明るい茶色の塊が見える。白い肋骨、腹を開かれた雀の死体。嘴を暗赤色に汚した鳩が、ピンク色の肉片を飲み込む。
 お父さんの三回忌、いつだっけ。私は尋ねる。十二月よ、母は答える。ビル壁に囲まれた細長い曇り空を母は見上げ、もう冬だねとつぶやく。



一人関係削除
投稿日 2002/11/13 (水) 20:47 投稿者 雨森はとな

人間関係を築けない人間
一人で生きていくのが良いのかもしれない人間

しかし彼らと私にはそんな場所はない
人間は一人一人で生きているけど
一人では活きることができない

彼らと私は人間関係を築ける人々に白い眼で見られる
私も彼らもこの人々には人間ではない
人間関係を築けない人間は人間でない
ということなんだろう
だとしたらこれから私と彼らは何処に属そうか?
何処にも属す場所など無いと言うのに……



片足夜話削除
投稿日 2002/10/14 (月) 20:02 投稿者 小田牧央


 職場の喫煙コーナーで、同僚から聞いた話。
 独身の中年男がいた。一介のサラリーマンとして地味に暮らしていた。ある晩、煙草を買うためエレベーターに乗ろうとした。しかし入りきらないうちに扉が閉まり、左足を挟まれた。
 マンションは築十年以上経つ鉄筋コンクリート造りだった。男は足を抜こうとしたが、故障しているのか扉が開かない。扉を開くボタンを押しても無駄だった。やがて、誰かが一階から呼んだらしく、エレベーターは下降し始めた。足を挟まれたまま男の身体は宙に浮き、やがて床に落ちた。足を切断されたのだ。
 その晩以来、マンションの非常階段を、左足のない幽霊が上り下りするようになったという。
 真夜中、社宅に帰った私はこの話を思い出した。駅から十五分歩き、大通りを折れて路地を二ブロック進む。鉛筆のように細長いマンションを見上げると、外付けの非常階段を一人の男が上がっていく。顔色が悪く、額に汗をびっしょり浮かべている。手すりにすがるようにして、身体を跳ねらせる。踊り場に来た男の後ろ姿が、逆光を浴びて影絵になる。その影には、左足が太股の真ん中からなかった。
 社宅といっても、勤め先が契約しているだけで普通のマンションと変わらない。勤め先とは無関係な一般住人もいる。怪談を語った同僚も、以前はこの社宅にいた。もしかすると、同僚もあの男を目撃してあんな話を創作したのかもしれない。非常階段を幽霊が上り下りすると言っていたが、考えてみれば足を切断したからといって必ず死ぬとは限らない。
 だとすれば気の毒な話だ。もしかすると、切断の理由も話の通りなのかもしれない。いや、あのエレベーターは確かに古く、異音もするが、修理されているところを見たことはない。足を切断された理由とはやはり別だろう。
 納得し、私は郵便物を確かめ、自動ドアの前に立つ。スモークガラスが横に滑ると、スーツ姿の若い女性がエレベーター前に座り込み、放心したように目を見開いている。
 女性の脇から、非常階段に続くスチールドアに、大量の血の跡が濡れていた。



自棄削除
投稿日 2002/10/01 (火) 14:05 投稿者 komaru

私は人の子
あなたとちがって

ばらばらの痛みを知るがよい
飢えのつらさを知るがよい
ココロの乾きが限界ならば
我が血をすすって生きるがよい
人を鏡にして自分を見るがよい
醜いまでに歪んだ自分を恥じるがよい
恥じるココロがあるのであれば
容赦なく自分を神と崇めるがよい

私も人の子
あなたとちがって



床地図削除
投稿日 2002/09/16 (月) 17:51 投稿者 小田牧央


 駅構内から一歩でると、強い日射しが瓦屋根を灼いていた。ひび割れたアスファルトが白く乾き、左右に木造の民家やモルタルのアパートが続いている。日陰を選びながら人影のない道を進んだ。
 金属を打つ音が耳に飛び込む。視線の先、硝子戸が左右に開け放たれた店先、白地に墨字で「床地図」とあった。
(地図を売る店だろうか)
 足をとめ覗きこむ。壁に大きな市街地図が貼られ、埃を被った棚に大工道具が並んでいる。作業着姿の二人の男が、てんでばらばらの方向で石の床に四つん這いになり、鑿でなにか彫りつけている。薄暗さに目がついていかず、なにを彫っているのかわからない。
 目が慣れるにつれ、次第に模様のようなものが見えてきた。長方形が連なり、そのひとつひとつに漢字が刻まれている。その間を細い線が縫うように走り、見覚えのある記号がところどころ散らばる。
 再び壁の地図を確かめ、床の上と見比べる。間違いない、石の床にこの町の地図を刻んでいるのだ。
 兄さん、なにしとんの。驚いて声のほうを見ると、戸口の脇に一人の男が石油缶に腰掛けていた。捻り鉢巻の額に汗がびっしりと浮き、日に焼けた顔に団扇で風を送っている。
 地図やったら、あっちにもあるで。団扇が奥をさす。見ると磨り硝子の入った戸が奥で細く開いている。いいですか、と訊くが男は既にそっぽを向き、団扇を振っている。
 地図を掘り続ける二人を邪魔しないよう、隅を通って奥に行き戸を開く。一歩踏み込むと、似たような薄暗く狭い部屋の床にびっしりと町が広がっている。鋼色した石造りのミニチュアの家々で床が埋め尽くされている。
(なんて見事な作りだろう)
 さすがに屋内までは作られていないが、屋外については瓦屋根の一枚一枚から庭木や下水口の蓋まで再現されている。目を見張りながら奥を覗くと、まだ更に戸が細く開いている。
(まだあるのかもしれない)
 ミニチュアの大通りを爪先立ちでこわごわ進み、奥の戸を開ける。すると目にも鮮やかな色付きの町並みが、床一杯に広がっていた。彩色されたミニチュアは前の部屋よりもサイズが一回り大きく、今度は屋内まで工作され精巧さが一段と増している。
 感嘆の声をあげながら大通りを歩き、ふと奥を覗くと、また更に磨り硝子の嵌った戸がある。奥に行き、戸を開くと、そこにはまたミニチュアの町が広がっていた。
 そんなことを何度繰り返したことだろう、次の部屋、次の部屋と夢中で渡り歩いた。家具や日用雑貨といった小物まで再現され、最初は原色に近く不自然に思えた色彩も、年月を経た掠れや変色が施されるようになった。ミニチュアは次第に大きさを増してゆき、腰の高さを超え、肩の高さを超え、やがて背の高さを超えていった。
 気がつくと私は見覚えのある道を歩いていた。強い日射しが瓦屋根を灼いている。アスファルトが白く乾き、左右に木造の民家やモルタルのアパートが並ぶ。人気のない道が延々と続いている。
 額の汗を拭いながら歩を進めていると、金属質な響きが耳に飛び込んできた。視線の先、硝子戸が左右に開け放たれた店先、白地に墨字で「床地図」とある。
(地図を売る店だろうか)
 足をとめ覗きこむ。薄暗い中、作業着姿の二人の男が床に這いつくばり、なにかをしている。手には鉄筆を持っている。薄暗さに目が慣れるにつれ、作業着の二人の間に裸体の男が押さえつけられているのがわかる。肌の上をびっしりと赤い文字が埋め尽くしている。人名や地名、電話番号、家や勤め先近辺の地図、出身校や生まれたときの体重。作業着の二人は黙々と裸体の男に鉄筆で文字を刻み続けている。裸体の男はときどき金属質の悲鳴をあげながら暴れる。入り口の脇で捻り鉢巻の男が石油缶に腰掛け団扇で顔を扇ぎながら黙ってそれを見ている。裸体の男が上半身を起こそうとして作業着の二人に押さえつけられる。悲鳴をあげる薄暗い口の奥で、戸が細く開いている。



寸劇削除
投稿日 2002/09/16 (月) 11:45 投稿者 霧枝

両手に挟んで力を込めた
潰れる視神経
眼窩からあふれた粘液

私が見ていたのはただの喜劇
面白くもない喜劇
内臓を這い上る不快感
腹底から声を出して笑ってみた

あははははははははははははははははは

髪も梳かさず笑った
靴も履かずに躍った 笑った
何にも何にも何にもいらない
おかしくて ただ 吐き気がするだけ

自分を見てるみたいな喜劇が
粟立つほどにおかしいだけなの。



レンズ
投稿日 2002/03/08 (金) 10:01 投稿者 雨森はとな

ドウも最近右目が鈍いなァ……
もともと目は悪いが、この間レンズをあわせもらったばかりだぞ
これは新たな老人性の病気かしらん?
まだ二十歳なのになァ……



小さな紅い水たまり
投稿日 2002/03/10 (日) 21:18 投稿者 小田牧央


 透子のマンションはそこそこ交通量のある道路に面してる。その道路の歩道に広がる水たまりを見て、僕は今日ここで死ぬんだなとわかった。
「どうしたの?」
 水たまりの中に平気で足を踏み入れて、透子は僕を振り返る。透子の足は濡れてない。水たまりは波紋もなく青空を映してる。
 マンションを見上げる。二十階立てくらいだろうか、鉛筆みたいに細長い。ベランダで布団を干してる女性、パジャマのまま煙草をくゆらせてる男性、のどかな休日の朝。僕は透子のほうに向き直って、なんでもないと応えながら歩き出す。
 マンションに入りエレベータで透子の部屋まで上がる。透子はずっと昨夜話し合ったことを話し続けてる。僕は曖昧にうなずいたり生返事を返す。ずっと死にたいと思ってた。毎晩、横たわる自分自身の身体の鼓動や息に焦燥感を感じていた。自分が生きてることの確かさに責め立てられてた。あの水たまりは僕の水たまり、そう思うだけで楽になれる気がした。
 透子が部屋の鍵を開ける。まるで出迎えるように飼い猫のジルが僕らを見上げて鳴く。透子は靴を脱いでジルを抱きながら部屋にあがる。窓を開けて空気を入れる。ベランダにジルは飛び出る。
 生活必需品がなんでも詰まった一人暮らしの部屋。コンビニで買ったあれこれを片付けるのに透子は冷蔵庫を開けたりローテーブルに並べたりする。僕は立ち尽くす。立ち尽くして目の前の光景をみつめる。部屋中に水たまりが広がる光景。
「包丁、あったっけ?」
 訊きながら僕は電気コンロの下の戸棚を開ける。肩幅しかないミニキッチン。透子は料理をしない。包丁はない。
「ないよ、なに? なんに使うの?」
 僕が歩道で、透子が部屋だろうか。透子が歩道で、僕が部屋だろうか。
 小さな引き出しを見つけて開ける。ごちゃごちゃ文具や小物の類が突っ込まれてる。カッターナイフを見つけて手にとる。プラスチックと金具が触れ合う音を立てながらカッターナイフの刃をだす。
 初めて見たのはいつだろう? 小学生のとき、下校途中にある横断歩道にそれはあった。雨なんか降ってなかったのにそれはあった。僕以外の誰にも見えない水たまり。その夜製菓工場に勤めてたお爺さんがひき逃げされた。
 病院で血を吐いて死んだ母方の祖母。お見舞いに行ったとき、僕はベッドの上の深い水たまりに横たわる祖母の姿を見て泣いた。
 いつだって運命は変わらない。どんな小動物にも水たまりはできる。蚊やハエにだってできる。僕はそいつらを殺すとき学ぶ。これは運命で誰も悪くない。
 悲鳴がした。僕はハッとなって身を竦める。透子がベランダを指差す。なにもないベランダを。さっきまで、ジルがいたベランダを。手の平を口元にあてながら透子が崩れるように座り込む。
 僕は駆ける。部屋を横切り、ベランダにでて、下を覗き込む。遠く、歩道の上に水たまり、小さな紅い水たまり。背後から静かに聞こえてくる透子の嗚咽。
 ゆっくり僕は振り返る。振り返りながら考える。
 この部屋の水たまりは、二人分あるだろうか。



群れ
投稿日 2002/03/20 (水) 03:08 投稿者 yanyan

生きている人間がまわりを
ひしめいているから生きているのが当然になるのだ
自分のまわりを死人が取り囲んでいたら
そういうわけにはいかないのだ

黒装束と花が
もう動かない者を隔離するように
死者の群れは
呼吸する者を疎外する

http://www.eva.hi-ho.ne.jp/yoko-i/95j022/



花見
投稿日 2002/03/27 (水) 14:55 投稿者 定斎屋

 稀釋濟の漓血は

 櫻花に假寝し

 痴れ人の脳髄を惑溺す


   櫻花偶々雨客に遭逢し

   散葩は道途に残雪を装ふ


 
 角の屑籠には
 
 わたしの一部だったものを含んで
 
 綿の一本一本が

 血管のように燃えてゐる



散り逝くもの
投稿日 2002/04/12 (金) 13:34 投稿者 霧枝

「桜の下には死体が埋まってるから綺麗」

そんな使い古された言葉を吐く貴方に
私はいつも殺意を抱いています

散ってしまうくらいなら散らしてあげる
逝ってしまうくらいなら逝かせてあげる

その細い首を締め上げて

息絶えたなら
中庭に埋めてあげましょう
その上に枝垂れ桜を植えて
貴方がいうように綺麗なのかどうか
鑑賞させてもらいましょう

桜の下で
春の葬送を。



転生
投稿日 2002/04/18 (木) 19:37 投稿者 雨森はとな

血飛沫あげておまえは二人の布団に。
空家に二人。
俺はおまえの隣で幾日も寝た。
雨の日も風の日も暑い日も。
おまえはその間 ささやかな成長をしておおきな後退をしたね。
腐乱した匂いが今でも俺の鼻に付きまとっているよ。
そしていつしかおまえの日に日に醜くなる身体から、
白い命があふれ出てきた。
ああ、これはおまえだね。
俺にはすぐわかったよ。
ああ、これはおまえだね。
おまえが生まれ変わった姿だね。
大丈夫、そんなに怯えて這いずり回らなくても良いんだよ。

俺はおまえが空に飛び立つまでいっしょにいるから。



夜桜の下にて拾得
投稿日 2002/04/21 (日) 11:52 投稿者 小田牧央


 小雨の薄暗い曇天模様でした。傘を差しつつ、私は川沿いの土手にある桜並木を散歩していました。医師から一日に一度でもいいから身体を動かすよう諭されていたのです。
 もう陽が沈みかけた時刻でしたでしょう。薄暗い雲が一面に空を覆い、間隔をおいて外灯が雨粒に打たれ散る桜花を照らしています。黒い樹皮越しに覗く川面に映る空は青味を帯びています。
 傘を打つ雨音に耳を傾けつつ物思いしていると、ふとレンガ敷きの路面に目がとまりました。濡れて暗赤色のレンガに桃色の花びらが散り敷かれていたのですが、そこに落ちていたのは不透明で質感も異なる桃色の小片でした。
 腰をかがめ、傘の端から雨粒を零しつつ小片を拾い上げ、また歩きだしながら指先につまんだそれを観察しました。形はほぼ楕円形です。大きさは桜花と同じ程でしょう。硬質で、薄い桃色は濃さがどこも均一で人工的です。僅かながら厚味もあり、裏返すと半透明です。もともと透明な物に片側だけ桃色の塗料を塗ったもののようです。
 考えてもわからないそれを握り拳に納めたまま、私は尚も歩き続けました。考えても考えてもわからないのですが、どこか見覚えのあるような心地でもあったのです。
 そうして思案しつつ歩いていると、青く霞んだ桜並木の奥から、一人の女性がこちらに来るのに気付きました。白いワンピースで、小雨とはいえ長い髪を濡れるがままに、ふらふらと酔ったような足取りでうつむき加減に歩いてきます。互いの距離が次第に短くなるにつれ、どうやら酔っているように見えたのは、路面になにかの落とし物を探しているのだとわかりました。
 心配になった私は、すれ違いざま声をかけました。初めて私がいることに気付いたかのように、当惑した顔で女性は私を見上げます。睫毛に雨粒がつき、泣き濡れたような顔をしています。あどけない表情からすると、どうやら十代後半のようです。少女は一度うつむき、落とし物をしたのに気付いて探してると答えました。
 なにを無くしたのですかと重ねて訊ねると、少女は黙って両の手の平を裏向きに私に示しました。雨の冷たさに青白く変色した指先に、桃色のマニキュアが塗られた爪がありました。しかし、左手の薬指の先にだけ爪がありませんでした。



テトテトメトメ
投稿日 2002/05/19 (日) 18:02 投稿者 小田牧央


 僕は怪物に殺されます。いつかわからないけど、きっと殺されます。お父さんやお母さんにも話したのに、信じてくれません。友達も嘘をついてると言います。走るのが速くなったり、夜中に知らない間に外にいたり、全部怪物のせいなのに誰も信じてくれません。
 怪物がいるなんて、僕は信じてませんでした。でも教室で休み時間になると、いつも誰かがその噂をしていました。怪物は、テトテトメトメという名前です。裏山で、両方の目と、目と目の間をなくして死んでた女の人はテトテトメトメに殺されたそうです。他にも同じ殺され方をした人がたくさんいるそうです。
 級長の若林君は当番日記に怪物のことを書いて、先生に嘘をついてはいけませんと叱られました。馬鹿だなあと僕は若林君を笑いました。そうしたら若林君は、当番日記に書いたのは塾で聞いた話だと言いました。よその学校の生徒で、葉曽駅の駐輪場で本当にテトテトメトメを見たそうです。
 先週の日曜日、僕は葉曽駅に一人で行きました。もし怪物がいなくても、そのときは電車に乗って遊びに行けばいいやと思ったからです。そのときは、怪物を見てみたいというより、遊びに行く気持ちでした。
 雨が降ってました。駐輪場の通路を、ゆっくりゆっくり奥まで歩きました。上下二列になった自転車が、図書館の本棚みたいに並んでます。奥に行くほど誰かが捨てていった古い自転車ばかりになります。屋根はあるけど風が少しあったから、雨が吹き込んできます。いちばん奥まで行くと、背広を着た男の人が立っていました。怪物かもしれない、僕はそう思って逃げようとしました。
 男の人がゆっくり振り返りました。七三分けに眼鏡をした、普通の男の人でした。僕がホッとしてると、男の人はゆっくりこっちに来ました。背広はずぶ濡れで、傘も持ってません。ポカンと口を開けて、首をぐるりと回します。斜め上を向いたところで、首をとめました。そのまま、じっと、動かなくなりました。一心に空をみつめています。灰色の空が眼鏡のレンズに映ってます。すごく大きく大きく瞼を開いて、ポコッと男の人の目玉がとびでました。眼鏡が目玉に押されて落ちて、レンズの割れる音がしました。
 男の人の目玉のあった場所から人差し指が飛び出ていました。ぴくん、ぴくんて何度も指を折り曲げて、それから他の四本の指が、親指が、手首がニョロリとでてきました。僕は怪物の名前の意味を初めて知りました。テトテトメトメは、手と手と目と目です。男の人が足を踏み出して、落ちていた目玉を踏みつぶしました。僕は逃げようとして足が動かなくて尻餅をつきました。怪物が少しずつ近付いてきます。カタツムリのように男の人は目から腕を生やしています。みしみしと音がして、男の人の目と目の間が裂けました。地面にへたり込んでる僕の上に怪物が覆い被さって来ます。目から生えた手と手が僕の両肩をつかんで、裂けた目と目の間から、小さな小さな赤黒い小人みたいな顔がでてきました。怪物の小さな赤ん坊みたいな唇がパクパク動いて、口を開けろと言いました。
 僕は怪物に殺されます。いつかわからないけど、きっと殺されます。僕のおなかの内側で、今も、メトメトテトテが動きまわっています。



真夜中のテレビ
投稿日 2002/06/08 (土) 22:37 投稿者 小田牧央


 この世に恐ろしいことがひとつあるとすれば、それは真夜中に家電製品の電源を入れることだろう。家族の誰もが寝静まった静寂の夜に、エアコンの黴臭い排気を嗅いだり電動ひげ剃り機のモーター音を聞いて不安な心地に陥ったことはないだろうか。
 電源を入れることに限らず不意の動作ならすべて恐ろしい。電話のコール音、ビデオの点滅する時刻表示、冷蔵庫のうなり声。ウィルスは他の生命に宿を借りて初めて増殖するという生命と非生命の中間の存在だが、家電製品はそれに似ている気がする。
 大方の人はここまでの話を聞いて、いや、ひとつだけ例外があるぞと言いたくなっただろう。そう、照明だ。明かりは真夜中の不安を闇とともに追い払ってくれる。しかし私にはそうでない。六才のとき、トイレに起きた私はいつも通り階段の明かりを点けて階下へ向かおうとした。そのとき、電球が寿命を迎え、私は突然の暗闇に包まれた。上も下もわからなくなり膝を抱えて段に座り込み明け方まで動けなかった。
 それから四十年余り過ぎた今も、夜中に目が覚め部屋をでなければならないときは決して照明を点けない。家族を連れて田舎に帰省したその晩も、喉の渇きを覚え板張りの廊下を暗闇の中台所まで歩いた。玉簾の向こうにブラウン管の四角く白い光が見える。誰かテレビを消すのを忘れたなと玉簾をくぐると、外国の室内風景なのかソファの前で立ち尽くすスーツ姿の男性のモノクロ映像が浮かんでいた。ソファの左端から暖炉が見える。実家のテレビは骨董品級に古い。側面が木目調でリモコンもなく、ポラロイド写真のようにスイッチを入れてから数秒経って映像がぼんやりと浮かび出てくる。
 古い映画なのだろうか。戸棚から湯呑みを取り出し、蛇口をひねって水を満たす間も男はずっと立ち尽くしていた。肩を上下させ息をととのえ、視線は画面の外、床の上のなにかをみつめているらしい。かすかに息の音が聞こえるからサイレントではないようだが、ワンシーンとしては長過ぎる。実験的手法なのか低い位置に固定されたまま、カメラは静かに男の全身を映し続ける。ダラリと下げた右腕の先にあるのは火かき棒だろうか、先端から黒い液体がポツポツと垂れている。
 血だ。私は湯呑みの水を飲み、電源を切ろうとテレビに近寄る。そういえば男の視線の先、画面の左端に見えるのは、あれは裸足の女性の足首ではないか。サスペンスかホラーかわからないが、続きを観ると夢見が悪くなりそうだ。
 電源のつまみをひっぱろうと指先を伸ばしかけたとき、不意にテレビの中の男がこちらを向いた。なにか新しい発見でもしたように、カメラに向かって近付いてくる。色素の薄い瞳、吊り上がった細い眉、男の顔が画面上部に途切れた。スーツのボタンの模様がわかる程近い。すると急に男は身をかがめ、カメラの前に憤怒の表情を斜めにさらした。唇が素早く動く。
(だからテレビを消せと言っただろう!)
 表示される字幕と同時に、男の右腕が画面左下に伸びる。次の瞬間、十字形の残光とともに映像は消え失せた。



6番目の自分
投稿日 2002/06/14 (金) 11:46 投稿者 komaru

愛してるっていったじゃねーか
俺のことぜんぜんかまってもくれずに
空返事だけはうまくなった
それだけは誉めてあげるべきところか

憎くて刺すわけじゃないのだ
衝動的になんとなく
惰性で生きて何が悪い
それも社交辞令の一環だろう
どうせ・・・

アイ・ユメ・キボウ・ココロ
自分しかないんだ
ヒト・ハナ・ムシ・クラゲ
どうしようもない

恋してるっていったじゃねーか
わき目も振らずにこっちをみてたのに
目をあわさなくなったのも
おもちゃで遊ばなくなったのも

離脱するココロの闇より
さきにでて、衝動に駆られる心地よさ

ふるえてマテ
ふるえてマテ

もうすぐ彼がやってくる
もうすぐ彼がやってく
もうすぐ彼がやって
もうすぐ彼がやっ
もうすぐ彼がや
もうすぐ俺が



死神
投稿日 2002/06/15 (土) 03:46 投稿者 ひろぽん

「あ、死ぬかも……」
国道沿いに白線で引かれた、申し訳程に設けられた歩道を歩いていた私は、通り過ぎた車の風圧によろめきながら、フトそのことに気付く。生と死の距離とは、気付くか否かの問題なのだ。多くの人は、保証されたかのような生という幻想に安住することで日常を全うし得るのだ。

「幻想」と呼ばれるものの多くは、死と繋がりを持ったものであるか、或いは死を超越したものであろう。それは「日常」であるところの生の幻想から追い出したものであるに過ぎない。
私は元来、日常的に死を意識し続けてきた。「お前には夢が無い……云々」などと、大人たちに言われたものだが、彼らのように、夢の糧とすべき死の概念を持たないのだからどうしようもないのだ。

私が殺人という行為にとり憑かれたのは言うまでも無いだろう。多くの人々が幻想の中で死を消化しているように、私は現実の中でそれを行うべく生まれついたのだ。そして、私の持つ特別な直感から、今日、私自身が死神の手に掛かることを知覚している。
すでにお客さんは、窓の外で私の様子を窺っているようだ……



サクラ
投稿日 2002/06/23 (日) 21:44 投稿者 ひろぽん

その子の名前はサクラ。私が酔った足で帰宅する日は、家の前まで誘導してくれる。私の家はかつての新興団地の端。街灯もまばらにしかないが、好んでこの場所に住んでいる。夜の静けさが何よりも気を休めてくれるのだ。

初めてサクラに出会ったのは、私が物心ついた頃、春の満開の桜の木の下であった。目の前が全てピンク色に染まった異常な状況に、私は目眩を……いや、酔っていたとしか言いようが無い。そこにサクラは姿を現した。桜色の着物を着た同年代の女の子。特に言葉を交わすでもなく意思交感し、導かれるままに戯れていたのだが、正気づいた時には自宅の玄関前に立っていた。
それからも幾度となくサクラとの淡い逢瀬を過ごしてきた。私にとっての狂気はサクラと共にあり、現実の女性との性的交渉においても、それが狂気に達するとサクラが現れるのだった。昔から変わらぬ姿のサクラが。
私がサクラと逢っている時、外から見る私は放心状態に近いらしい。淡々と行動し、家に帰っていくと。正気でないのは誰の目にも明らからしいが、あまりに正確に家に帰るという行動を皆知っているので、そういう性質の者だと理解してくれている。もちろん、サクラの事は誰も知らない。

しかし最近、サクラの様子が以前と変わってきた。逢うたびに成長しているのだ。すでに十代半ばの年頃の娘になろうとしている。また、媚びのある目で私を見つめ、誘惑し、正気づいた時には家に帰り着いておらず、公園で野宿していることもある。今まで無言で意思交感していたはずなのに、いつからか言葉も話すようになってきた。
ある種の危機感と興味を抱き始めた私は、サクラの導きを無視して、私なりの行動をサクラに与えてやろうと思い始めた。一人の女としてのサクラがどう反応するものか。今夜の飲み会で、サクラはいつものように現れるだろう。
無事に正気へ戻れるのか、家路に着くことができるのか、今の私にはどうでもいい問題なのだ。



とおりゃんせ
投稿日 2002/07/21 (日) 11:29 投稿者

西日眩しい廃屋で
君は綺麗な小瓶に収まって
物言わず僕を見つめてる

桜舞い散るこの庭で
僕は君の欠片を貪って
永遠の愛を誓うのだ

僕は君になる
君は僕になる
恋の細道とおりゃんせ
御用の無い者通しゃせぬ

腐臭漂う廃屋で
君は多くの命を生み出して
彼等は部屋を飛び回る

桜舞い散るこの庭で
僕は君の子供を貪って
永遠の時を過ごすのだ

僕は君になる
君は僕になる
恋の細道とおりゃんせ
御用の無い者通しゃせぬ



雨音に耳傾けるなく
投稿日 2002/07/22 (月) 22:44 投稿者 小田牧央


 瞼から瞳を覗かせたその先にフローリングの床に投げられた一条の明るい線があり、女は朝が来ていることに気付く。同時に、ベッドからうつぶせにずり落ちそうなのに気付き、腕を伸ばして床を押し、剥き出しの素足を着地させて身体を起こす。
 頭の後ろを掻きながら慣習となった動作通りユニットバスに向かう。鏡を見て義務のように一瞬笑い、素に戻って蛇口をひねる。両の手の平を差し出し背中を丸めるけれど冷たい感触が落ちてこない。顔をあげ、再び蛇口を締め、緩め、筒の先を覗き込むけれどなにもでてこない。
 視線が洋式トイレのほうを向く。人差し指でレバーを弾く。盛大な空振りのようになにも起きない。
 両手で頭を掻きむしりながら女はユニットバスをでて部屋に戻る。サイドテーブルのリモコンを拾いテレビを点けると台風情報を報道している。完全防備のレポーターが海岸で高波に怯えながら強風に耐えている。
 女は立ち上がり勢いよくカーテンを左右に開く。透明感のある光が街路を覆っている。振り返り、テレビの中の日本地図と台風の進路を眺め、首を傾げながら街路を見下ろす。道路の向かい側、地下鉄出口から人々の群が湧き出てくる。色とりどりの傘の花が次々に咲き乱れ、陽に輝く。
 背後から呻くような声がする。振り返ると、ベッドの上で男が顔を手の平で覆っている。瞼をこすりながら上半身を起こし、その勢いでシーツがめくれる。ベッドからうつぶせにずり落ちそうになった裸の女の背が表れる。生気なく青白い背。男は女を振り向こうともせず、ベッドから降りるとユニットバスのほうに向かう。
 やがて顔を洗う水の音が聞こえてくる。窓辺に立ち尽くしたまま、女は瞼を細めてつぶやく。
「天国に、雨降らないんだ」
 しかし、その言葉を聞く者は誰もいない。



海に墜ちる
投稿日 2002/08/13 (火) 16:32 投稿者 小田牧央


 文庫本が滑り落ち、目が覚める。反射的に漱石を受け止めると、開いた頁に鼻や額の汗が染みている。テラスの柵越しに乾いた砂浜が覗く。水着姿の見知らぬ若者達が数人、波と戯れている。毛の長い茶色の子犬が、少し離れた波打ち際でそれを眺めている。
 水平線を仰ぐと、砕かれた陽光が波の上で輝いている。巨大なタンカーが音もなく小さく沖に浮かぶ。手の平を上向きに瞼の傍に差し寄せると、タンカーが手の平に乗っているように見えた。
 腕時計が見あたらない。陽の高さを見ると、まだ昼下がりといったところだろう。文庫本を開き、続きを探そうとするが眼が疲れ、しおりを挟んで傍らのテーブルに置く。瞼を閉じて、意識が不透明になるのを待つ。
 うとうとし始めた頃、波音に耳慣れぬ音が混じる。連続した低いノイズ音。私はうっすらと瞼を開く。遠く砂浜が濡れている。低い音を立てて波が引いてゆく。濡れた砂地の上を、若い女性が四つん這いで進んでいる。犬が女性に吠えている。女性は肘と膝の先をなくしている。数人の男性が砂の上にうつぶせに倒れている。真っ赤に灼けているのは陽射しのせいだろうか。四つん這いの女性が髪を乱しながら口を大きく開けてなにか叫んでいる。しかし遠すぎてなにも聞こえない。
 沖のほうを見ると、水平線がゆったりと浅くへこんでいる。へこんだ箇所に向かってタンカーがゆっくりと遠ざかっていく。おかしな夢だなと思いながら、私は再び瞼を閉ざす。



現在過去未来
投稿日 2001/04/17 (火) 03:07 投稿者 ひろぽん

未来は過去によって作られる
現在は
ただの通過点
されど通過点



クズの再生産
投稿日 2001/04/17 (火) 06:57 投稿者 ひろぽん

あんたにものを教える資格などない
あんたはクズだ

クズの生み出したクズを
ありがたく教え受ける者が可哀相だ
勘違いしてクズを再生産するのだから

クズはクズらしく
ごみ箱へ行け



我思う?
投稿日 2001/04/20 (金) 19:42 投稿者 ひろぽん

全ては、
そう見ると、そう見えてしまう……だけ



ネジ雨
投稿日 2001/04/30 (月) 08:23 投稿者 小田牧央

 間野宮町の小泉さんが日がな宙をみつめて柱に背もたれたまま膝を抱えて呆けるようになったのは、朝方まで降り続けた雨が桜を散らせた春の朝でした。小泉さんはいつものように基板工場でコンデンサが綺麗に半田付けされているか確認する仕事をしていました。夜勤明けの作業場には十卓ばかりの書見台が一列に並び、その上にベルトコンベアが敷かれています。作業員の人々は座布団にあぐらをかいて、両眼顕微鏡を覗き込みます。対物レンズがベルトコンベアの上を流れる基板をとらえ、接眼レンズを覗き込む小泉さんは飴玉のようにピカピカ光るコンデンサを、ひとつひとつ正常かどうか確かめるのです。
 外はもう朝日が射していますが、作業場には窓がなく、照明もないので真っ暗です。両眼顕微鏡で覗き込む範囲だけが卓上ライトで照らされています。隣で同じ作業をしている人は足が痛むのか、しきりに足を組み直しています。作業に集中していないのは小泉さんも同じで、眠そうに瞼を細めてはときどきニヤリと薄笑いを浮かべます。というのも、ついさっき小泉さんの九つになる娘さんが来たばかりだったのです。登校前に立ち寄ったという娘さんは、暖かいうちに食べるよう妻が言付けたという混ぜご飯を詰めたパックを届けてくれたのでした。一晩中コンデンサばかり睨んで充血した眼をしばたかせて、ありがとう、学校に遅れないようにしなさいと、こみあげる幸福感の気恥ずかしさを押し隠すように娘さんを諭したのでした。
 不意にブザーが鳴りました。レンズのなかでベルトコンベアがぴたりと停まり、驚き顔をあげると作業場の外の廊下をドタドタと駆け抜ける複数の足音と声がしました。
「ネジだー!」
 作業場の空気がざわめきました。全員が顔をあげ、なかには隣とひそひそ相談を始める工員もいます。
「ネジが降るぞー! 外にでるなー!」
 誰かが叫び声をあげました。非常を告げるサイレンの音が、低く不気味にうねり始めます。表情を曇らせていた小泉さんは、ハッと娘さんのことを思いだし顔を青ざめました。立ち上がり駆け出す後ろ姿を「どこに行く!」と怒鳴る監督の声が追いかけます。普段なら、どんな屈強な工員も身を縮める程恐ろしい監督の怒号にビクリともせず、小泉さんはベルトコンベアをひょいひょい身軽に飛び越え、韋駄天のごとく作業上から飛び出していきました。
 渡り廊下にでた途端、屋根のトタンを細かいものが叩くザァーという音が降ってきました。小泉さんは顔をいっそう青くして、しゃにむに駆けてゆきます。ドクドクと心臓が鼓動を訴えます。清掃をしていたお爺さんが、竹箒を小脇にしゃがみ込んで、瞼を閉じ一心に手を合わせ念仏を唱えています。遠くでガラスの割れる音がしました。それから次第に、屋根を叩く音は小さくなっていきました。
 正面玄関を飛び出ると、工場の塀沿いに一列に並ぶ桜が今朝まで降り続けていた雨に打たれ、寂しく蒼鉛の空が向こう側に透いてみえます。濡れたアスファルトが黒く、散り落ちた桜の花弁が辺り一面に貼り付いています。それら花弁の上に散り敷かれているのは、無数のネジです。黒錆の浮いた、小指の先程もない小さなネジ。機械油がついているのか、表面が虹色に輝くのもあります。そんな花弁とネジの模様の上に、倒れている小さな人影をみつけました。赤いランドセルを背負い、必死に頭をかばって腕を上げたまま、崩れるように横倒しに倒れています。
 泣きたい思いで駆け寄り抱き起こすと、それは紛れもなく娘さんでした。スカートから伸びた細いふくらはぎに、無惨に線状の傷が走っています。手の甲には三本ものネジが痛々しく突き刺さっています。小さな頬にも傷が刻まれ、小泉さんが身体を揺すってもグラグラと頭を左右に振るばかりで意識を失っています。お願いだ、お願いだ、目を覚ましてくれと耐え難い思いで小さな身体を抱き寄せていると、妙なことに気付きました。娘さんの頬の傷から、ちっとも血が流れでないのです。胸騒ぎがして思わず辺りを見渡すと、玄関から人の群が押し寄せてきました。先頭に立つ監督が片手にハンマーをぶら下げています。
「お父……さん?」
 呼びかけられた声に視線を下ろすと、娘さんが瞼を開き、あどけない瞳で自分をみつめていました。意識が戻った嬉しさと同時に、小泉さんに本当の絶望が訪れました。娘さんの瞳孔が、青いのです。まるで澄み切った青空を吸い込んでしまったかのように、なんの羞恥も恐れもない青い瞳に変わっているのです。娘さんの頬に触れ、思わず「ああ」とうめきました。それは冷たく硬質で、人の肌とはかけ離れていました。
 次の瞬間、猫の子のように小泉さんは襟首をつかまれ、後ろに引きずられました。娘さんから引き離され、慌てて腕を差しのばし駆け寄ろうとするのを、仲間の工員達の何本もの腕が押しとどめます。
「やめてくれ」
 監督が済まなそうにチラリとこちらを振り返り、それから向き直って高々とハンマーを振り上げます。後ろ手をついて上半身を起こしていた娘さんは、ぼんやりと青い瞳で高く差し上げられたハンマーを見上げています。
「やめてくれ後生だ、お願いだ、許してやってくれぇ……」
 ゴウと風を切る音がしました。重く黒い鉄の塊が、娘さんの脳天を直撃します。バリバリと木の裂けるような音がして、幼い少女の顔はプラスチックのようにひび割れ砕けます。そして細かく青く小さなものが、割れた顔面から無数にアスファルトにこぼれ散らばりました。がくりと背中が折れ曲がり、娘さんが花のように割れ開いた頭を下げると、ザーッと音をたてて青くて細かい硬いものがアスファルトに水のように流れ落ちます。蒼鉛の空を割って一条の朝陽が射し込み、四つん這いに片腕だけを差しのばす小泉さんのもとにも、無数の青いものが波のように押し寄せました。それは半透明のビーズ玉でした。黒いアスファルトに射し込む朝陽がキラキラと桜の花弁を錆びたネジを青いビーズ玉を輝かせて、そして小泉さんはゆっくりゆっくり光の洪水の中で気を狂わせていったのです。



無題
投稿日 2001/05/19 (土) 14:53 投稿者 雨森はとな

なんにもないのにお腹に子供
を入れてみたくなる
子宮にあやつられている女のあたし



彼女
投稿日 2001/05/29 (火) 08:47 投稿者 komaru

好きだ。好きでたまらない。
そんな命令はボクにはプログラムされていない?



ワタシハ・・・
投稿日 2001/06/02 (土) 22:41 投稿者 nayu

 血よりも,
アレよりも,
もっと
もっと
望むモノ。



逆さ鰻
投稿日 2001/06/03 (日) 20:23 投稿者 小田牧央


 汗をかいている。額に汗をかいている。目の前がぼうっとかすみそうになる。鼓膜が赤ん坊の泣き声で震えている。うるさい。うるさくて気が変になりそうだ。
 今日は土用の丑の日だ。割烹着を着た俺は後ろ向きに店に入る。みりんと醤油、生魚と汗の匂いに湿度が入り混じって鼻が詰まりそうになる。
 後ろ向きに歩きながら客の入り具合を確かめる。確かめるまでもない。テーブル席六つがすべて埋まり、出入り口には待ち人の行列が外まで続いている。込み合った店内を左右の手ひとつずつ重箱ささげて店員が器用に後ろ向きに歩いていく。カウンター席のサラリーマン達が、うまそうな顔して口から箸で鰻と飯をかきだしては丼に戻していく。けったいな光景だなと思ったが、テーブル席の足元にできた水溜まりが急に跳ね上がったかと思うと横倒しになってたコップの中につるつると飛び込んでいき、一人でにコップが立ち上がったので、これはどうやら逆回転なのだなと気付いた。
 なるほど、後ろ向きに歩きながら調理場の皆の様子を眺めていると、確かに時間に逆らっている。焼き場では煙がモクモクと鰻に吸い込まれていき、若い奴が刷毛でタレを拭い去っている。何段も積み重なった蒸籠には、湯気がゆっくり吸い込まれてゆく。
 前掛けで手の平を血脂まみれにしながら俺は俎板の前に立つ。俎板に突き刺さった千枚通しを握り、反対の手をポリバケツの方に向けると生ゴミの山の上から鰻の頭が飛んでくる。俺はそれをつかんで俎板にのせ、千枚通しを鰻の目にのせる。同じように尻尾を生ゴミから俎板の上に移していると、蒸籠の係がタッパに山盛りの切り身を運んでくる。俺は包丁でひとつひとつ俎板に切り身を戻していく。神経が通っているのか、まだ微かに動いている。切り身を半分に閉じて俺は包丁を逆さに尻尾のほうにあて、一気に頭のほうに刃先を移動する。
 ハッとなった。そのとき気付いた。逆さだ。鰻が逆さだ。背を開くものなのに、腹の方を開いている。これでは切腹と同じだ。なんて縁起が悪い。
 みるみるうちに刃先から腹が閉じていく。千枚通しに目を貫かれた鰻が、俎板の上で暴れている。薄気味悪い思いで右手で鰻を押さえ付けながら、もう片方の手で千枚通しをつかむ。赤ん坊が張り裂けるような泣き声をあげている。かかあはなにをしているんだ。
 握り拳に力を込めて、千枚通しを引き抜く。瞬間、ぬらぬらの鰻の身体を抑えていたはずの右手が、やわらかい綿の布をつかんでいるのに気付く。振り上げた千枚通しが、まったく同じ軌跡を描いて振り下ろされていく。ああ、時間の流れが、元通りになったなと思った視線の先に、泣き叫ぶ赤ん坊の顔がある。俺がつかんでいるのは鰻ではなく、赤ん坊の服だったかと思う間もなく千枚通しが赤ん坊の瞳を貫く。
 さあ、今日は土用の丑の日だ。稼がにゃならんと思いつつ、俺は包丁の先を赤ん坊の首筋にあてる。



考える全ての闇は光の中へ
投稿日 2001/06/05 (火) 10:15 投稿者 komaru

ああ、俺をみて
こんなに恥ずかしいことをしている
この闇が明けると僕はいつもの
自分に戻ってしまう

なぜ、そんなに拒むんだ
いいじゃないか、減るもんでもなし
こんなに求めているのに

頭の中のあらゆるものに
対して反発するがごとく

世の中全ての光の神々しさに
対して欲情するがごとく

魂の悲しさは永遠にあるもので
やがて闇に帰って逝くっていうのに・・・

ああ、僕をみて
こんなに恥ずかしいことをしている

フンッ、わからないだろうなぁ
わかって欲しいとも思わない
だけど、君だけにはわかって欲しい

愛が情に変わるまで
考える全ての光もまた闇の中へ



そうなるウチに
投稿日 2001/06/05 (火) 10:21 投稿者 komaru

遅くはないだろうが
早くもないだろうが
近くもないだろうが
遠くもないだろうが

なに?おれが?
おれが変だって?

ハハハハッ
あんたよりは少なくとも
マシだよ

そう、普遍的に存在している
あんたよりはね

マンナカ・・・・・



いちごみるく
投稿日 2001/06/05 (火) 18:16 投稿者 ひろぽん

王子が 生まれて初めて知った喜び

つぶしたいちごに みるくを注ぐ
真っ赤な果汁に 白い液体を注ぐ
不思議な
ピンク色の飲み物
ピンク色の香り

悪いことをしているようで
そっと隠れて飲んでいた

正直な王子の
たった一つの秘密



Like a doll
投稿日 2001/06/10 (日) 15:45 投稿者 yan yan

So cute that they broke up
and necks like the speech acts
So cool that he cut up
and bodys like the lover-products



リンカネーション
投稿日 2001/06/15 (金) 09:24 投稿者 komaru

生まれ変わろうと思う

細胞分裂から

インクの黒

コーヒーの酸味

震える手



ここより深く暗い場所
投稿日 2001/06/17 (日) 22:24 投稿者 小田牧央

 真夜中の裏路地で、地下に続く階段をみつけた。待ち合わせをしてたなと思い出して私はその階段を下りる。階段の角度と平行な天井に剥き出しのパイプが走り、そのパイプに紐で結わえたコルクボードがぶら下がっている。脂で薄汚れたボードには黄ばんだメモが貼り付けられ、どうやら共有掲示板のようなものらしい。ただひとつ目を引いたのは一葉の写真だった。都市の夜景を背景に、多面体の形をしたプラネタリウムのドームが青みを帯びた銀色に輝いている。
 私は薄く笑った。このプラネタリウムの側に、廃ビルがある。角度からみて、この写真は廃墟の中から撮影したものだろう。
 続けて階段を下りていくと、闇が次第に濃くなってゆく。突き当たりは直角に折れ曲がり、照明のない短い廊下を抜けてスチールドアを開けると、うっすら視界が曇っていた。とまどいながらも踏み込んでゆくと、吊された石油ランプの下にガラス卓と革張りのソファが並び、華美な服装の若者達が口々に煙草をくわえている。香りがきつい。ちらちらと盗み見るけれど、銘柄はわからない。普通に呼吸しているだけで肺が淀み吐息さえ濁りそうになる。
 しばらく進むと琥珀色のグラスが置かれた卓に一人きりでつく彼が黒ずくめの服装でソファに背もたれている。チューリップハットの鍔の影にサングラスが半分隠れ、口元には見たこともない黒い煙草。向かいに座りながら声をかけると、答える声とともに唇から黒い煙がゆらゆらと立ち上り顔を覆った。
(くすりが)
 煙のせいか、彼の声はくぐもっている。
(くすりがたりない)
 なにを言っているのだろうと疑いながら、私はバッグを探るけれど、彼のような黒い煙草は一本も見つからない。しかたなく普通の煙草をくわえて彼に顔を寄せ、黒い煙草の先から火をうつす。
(ねむくならない)
 意味のわからない彼のつぶやきからまた黒い煙が湧き出て、ゆらゆら天井に向けて昇ってゆくのを眺めながら、私もつられたように白煙を吐いた。舌の上を滑り、歯の隙間をくすぐり、私の魂の一部のように黒煙にからまってゆく。混ざれば灰色になるだろうかと、私はソファに埋まり天井をみつめる。けれどよほど高い天井なのか黒塗りの天井に薄くなった煙は紛れてしまい、よくわからない。それでも口元の煙草の先から延びる一筋の白煙を目でぼんやり追いかけていると、黒一面に見えていた天井が、私達の頭上部分だけ色が違ってきた。ビターチョコレートのような暗い茶色から、鉄錆のように次第に赤みを帯びてくる。ふと、垂直の輝線が走った。視線を卓に向けると、ガラス卓に一滴の赤い水滴、花のような模様、と思う間もなく続けて二、三滴。視線を天井に戻すと次から次に赤い雨滴が降り注ぎ、その勢いは増し、顔に降り注ぐそれを思わず拭うと気味の悪いヌメリがした。驚いてブランケットを引き上げると壁紙を引き剥がすような音がした。
 目が覚めた。ブランケットをつかんでいた指を離して目の前にかざすと、乾いた血が細かく割れている。
 冷たい感触に気付いて隣を見ると、うつむけになった彼の頭があった。毛布の上に投げ出された彼の右手は、血塗れのカッターナイフを握っている。
 二人がくるまるブランケットは、彼の頸動脈から漏れた血を吸って重く不快で冷たい。剥き出しのコンクリートの床に転がる空の薬瓶が廃ビルの窓から差し込む月光にさらされ半透明の影を投げている。ガラスのない窓枠だけの窓の向こうに雑木林が黒い影となり、その向こうで都市の夜景を背景にプラネタリウムの青みを帯びた銀色のドームが、きらびやかな夏の夜空の下で沈黙している。
 これを二人で見て死にたかった。私は彼の冷たい肩に頬を寄せ、瞼を閉じる。ここより深く暗い場所に戻ってゆきたい。



無題
投稿日 2001/06/27 (水) 02:14 投稿者 DDT

グエッ グエッ
鴉が舗道で凍つている
明け方の静けさ



三文哲学
投稿日 2001/06/27 (水) 16:21 投稿者 ひろぽん

 ある特定の非があり、なおかつそのことを申し出なければいけないような場合・・・つまり、空き地で野球をしていてカミナリさんちの窓ガラスを割ったような場合、正攻法として三つほど挙げられると思う。

・非を認め正直にありのままを申し出る
・説得や言い訳などで訴えかける
・何らかの嘘をつき通す

 正直すぎるのは、時として開き直りに見えたり、反省がないとされることもあるだろう。嘘をつき通すのも、バレた時のリスクは大きいし、嘘が嘘を生んで墓穴を掘らないとも限らない。言い訳で訴えるのは地道な手段であるが、根性が悪いともとられるであろう。

 微妙ではあるがもう一つの方法がある。「あからさまな嘘をつく」という方法である。
 これは意識せずに使ってしまう方法かもしれないが、上記の三つを融合させた方法と言える。明らかに嘘だと判る点で「正直」だし、「嘘をつく」ことにも変わりない。そして「嘘をついてしまうほど、自分は追い詰められているんです」という訴えを暗に含んでおり、同情をかう事もあるだろう。また「私は嘘をつくのが苦手なんです・・・」という、人としてのカワイ気を汲み取られることもあるかもしれない。浮気現場を取り押さえられたご主人にとって、この方法が最も有効な解決手段であるというのは周知の事実であろう・・・。

 しかし、やはりケースバイケースで最良の方法を選ぶことが重要である。



むだい
投稿日 2001/06/30 (土) 14:28 投稿者 霧枝

あたしのなかの ひとつのもうそう
おなかにそだつ ひとつのもうそう

あたしのせかい

くるくるくるくる まわるように
ソレがうまれたら
みんなばらばらにして またおなかにおさめるの

まっかなゆびをなめて ねむくなったら
ゆっくりまるくなる

ぐるぐるぐるぐる
あたしのせかい



楽しくなる為に
投稿日 2001/07/20 (金) 14:45 投稿者 lemiah

僕は君と楽しく生きたいと思う。
だから僕は君の首を絞める。
君が辛そうな顔をしたから
君は楽しくないのだと思う。
君は僕を魔物でも見る目付きで見る。
それが僕は不愉快だったから、楽しくなくなってしまった。
折角一緒に楽しくなれると思ったのに
これで僕は君が嫌いになってしまった。
だから、君は楽しくなくても構わないので
僕は君の首を刺した。
楽しくて、楽しくて
僕は君を又好きになった。
僕は自分の首を刺した。



針とプロペラ
投稿日 2001/07/22 (日) 19:31 投稿者 小田牧央


 頬になにか触れ、目が覚めた。背広のまま、カウンターに突っ伏し腕を枕に寝込んでしまったようだ。見知らぬ女が驚いた顔をして指先を引っ込める。頬が上気したように紅に染まっていて、低い視点から見上げる顎のラインが美しい。
 女は右眼に眼帯をしている。スツールに座る黒いイブニングドレス姿には、あまりに不釣り合いだ。暗い店内に客の姿は少なく、話し相手もなく退屈したのか、眠っている私の頬を女は戯れにつついてみたらしい。
 起こしてしまったのね、と顔を傾ける女の左眼の中で、なにか輝くものがゆらりと動いた。黒い瞳の中で金粉が、人魂のように舞っている。子供の頃、夏休みの家族旅行で海沿いの観光地に行った。ガラスの中に水や色のついた砂、模型のヨットを詰め込んだ置物が売られていたのを思い出す。女の眼球の中には、砂の代わりに金粉が詰め込まれているのだ。
 そういうのが流行ってるんですね、背中を伸ばしながら私は尋ねた。ええ、と女は答え、本当は違法なんですけど、と小さく笑みをこぼした。
 ニュース番組で聴いた覚えは確かにあったが、女性の化粧に興味があるわけもなく、ぼんやり聞き流していたので詳しくは知らなかった。手元のグラスに口をつけながら、そのキラキラしたのはどうやって入れるんですか、と私は思ったままの疑問を口にした。
 注射器、と女は短く答え、それから眼帯に手のひらをあてた。
 痛くはないですか。痛くはないわ、眠っている間に刺すから。眠ってる間に? ええ、麻酔で、寝ている間に針を白目のとこにね、突き刺すのよ。
 眼帯を押さえていた手で、右眼の白目を指差す。女は軽く顔を傾け、私の顔を見上げるようにする。眼帯をしているせいか、ウィンクされてるように思えて、私は視線を逸らしグラスの中をみつめる。みつめながらも横目で女の様子を伺っていると、忍び笑いの唇から息音だけが漏れ聞こえた。
 恐がりね、女はつぶやき炭酸の泡が浮かぶグラスを手にとると、一口傾けた。塗れた唇から短い溜め息を吐いて、ウェーブのかかった髪を片手でなでるようにしていたが、急に思いついたかのように耳に指先を伸ばした。眼帯を外そうとしているのだ。
 夢をみてたの、寝てる間ね。風力発電のプロペラが、正面にあって、それをずっとみつめてたの。麻酔が浅かったのね、本当は夢なんてみないくらい深い睡眠のはずだったのよ。知ってる? 夢をみてるときって身体は動かないけど、瞳の動きは夢の中とおんなじなんですって。
 女は笑顔で顔を上げた。人を困らせてやりたい、悪戯好きな女の子のような顔をしている。右の瞳には、金粉が渦巻き模様を描いていた。注射器の針が突き刺さったまま回転した眼球の傷口に、金粉が付着したまま固まったのだった。



サイド・バイ・サイド
投稿日 2001/08/22 (水) 22:47 投稿者 小田牧央


 フロントガラスを木漏れ日が滑っていく。左右に迫る木立の間を、灼けたアスファルトが蛇行している。夫の通勤用の車を運転するのは初めてで、アクセルの踏み心地もハンドルの重さも違う。木々の影にセンターラインのコントラストが強く目が痛む。アップダウンの激しい峠道に集中を要求される神経が、次第に硬度を増してゆく。爪先のほんのわずかな力が、この鉄の塊を加速させる。強いられる緊張感と、巨体を操っている高揚感。二つにわかれた自分の人格達がレスリングをしているようで、相反する感情が絡み合ったまま動けない。
 バックミラーには後部座席の父の顔。黒い背広姿に白髪頭を身じろぎもせず、押し黙って前をみつめている。膝の上に桃色の毛布にくるまれた夫が抱かれている。言葉をかけたい衝動がこみあげて、乾いた唇を開いてみる。けど、なにも言葉はでない。
 カーラジオでもつけようと左腕をハンドルから浮かせたときだった。バックミラーの父が、わずかに顔を動かした。宙を見ていた視線が、あきらかになにかの対象を捉え、ただ一心にその方向を注視している。
 緩やかな上り坂の向こう側から、対向車が姿を現したところだった。私達の車とよく似たオフホワイトのセダン。新緑と陽光をフロントガラスに反射させ、遠く小さく見えていた車体が次第に迫ってくる。数メートルまで迫ったとき、相手の車内の様子が覗けた。運転席には夫が座り、助手席には私が座っている。二人とも、楽しそうに笑いながらなにか話している。すれ違い、遠ざかり、サイドミラーの中で小さくなっていく車体を、私は息をひそめてうかがっていた。
 バックミラーの中で、いつの間にか父がうつむいている。
「……いい婿さんだったのにな」
 胸にこみあげてくる熱い息を噛み締めた奥歯の間から逃がしながら、余力で坂を上るようアクセルを踏む力を緩める。落ちていく速度と蘇る記憶。ハンドルを強く握り、振り返って直に父を睨み付ける。そのまま視線が、毛布に包まれた夫の青冷めた顔に惹き付けられる。
 視線を戻し、乗り越えた坂道の向こうに広がる下り坂を見下ろしながら安堵の溜め息をつく。よかった、死んでる、そう唇を閉じたままつぶやいて、アクセルを踏む足に力を込める。



頭痛
投稿日 2001/08/31 (金) 02:06 投稿者 ひろぽん

雨の日に頭が痛くなるのは
泣き過ぎて頭が痛くなるのと
同じことか

曇りの日に気が重いのは
白黒つかないことを
考えるのに似ているのか

晴れの日に眩しいのは
澄み切った君の目を
まともに見られないことに
近いのだろうか



かえってきた太陽之歌
投稿日 2001/09/02 (日) 00:20 投稿者 yanyan

陽だまりが帰ってきたとつぶやいて同時にふたり痛みから離れ

http://www.Eva.hi-ho.ne.jp/yoko-i/95j022/



葬列
投稿日 2001/09/12 (水) 23:22 投稿者 kiku

ほら
見てご覧
あの人たちを
幟を立てて
通り過ぎていく

あの人達は
村の外れまでいくのだ
村の外れには
大きな石があって
死者は
その上に横たえられる
横たえたら
みんなで打つんだ
魂が
早く天に昇っていくように

http://www1.ocn.ne.jp/~jupiter2/



結婚
投稿日 2001/09/23 (日) 01:26 投稿者 ひろぽん

処女と童貞の結婚のみが真実である
その他の結婚に真実はない

だから世の中には嘘が満ち溢れている



理不尽の根源
投稿日 2001/09/23 (日) 19:11 投稿者 ひろぽん

セックスは命がけでするもの
死人の一人や二人出ても
文句は言えないだろう



ゆがみ。
投稿日 2001/09/27 (木) 11:41 投稿者 霧枝

まぶたのうえにゆびをあてて ちからをこめた
なんにもみえてないのとおんなじ がらすだまなんて
やくにたたないもの

あたしがみたいのはこんなものじゃないもの

あるくひとはみんな しんでいて
まんなかからくさっているの

みたくないの
みたくないの
みたくないの

あたしとおんなじだから。



ウラギリモノ
投稿日 2001/10/03 (水) 12:19 投稿者 yanyan

 ウラギリモノはみずからのアイデンティティを語った。オレがウラギリモノであるのは、ウラギリモノでないということによってなんだ、どうだ逆説的だろう。未だ見ぬノートルダムはパリジェンヌのことばかり気にしていて、当然ウラギリモノに関知するわけがなかった。なので、ウラギリモノは高いところを見上げることなく安心して街を歩いた。
 そこへ、女がどこからか姿をあらわし、ウラギリモノに言った。あなたよく恥ずかしげもなく外を歩けるわね、感心しちゃうわ。ウラギリモノは言った。なにも恥ずかしいことなどない。なぜなら君をウラギッてなどいないからだ。女はむっとしたように言った。確かにそうね。あなたが私をウラギりはしないことは判っているつもりよ。そして私もあなたをウラギりはしない。だからこそ立腹するというのは、わかって貰えるかしら。
 ウラギリモノは言った。そうすると、オレもきみも、ウラギリモノではないということか?女はすぐさま返した。違うわ。ウラギリモノはウラギリモノよ。たとえば……そう、反目しあってしまったふたつの国を考えてみて。感傷的にすぎるかも知れないけれど、両国ともにそれなりの広い面積を持ち、たくさんの人間がいるの、国境を越えてお友達になることも可能になったこの時代に、まるで織姫と牽牛のように、両国に分かれてしまったお友達同士がいるとするわ、もちろん、伝説じゃないから、電話や手紙で連絡を取ることもできるわけね、でも、両国は争ってしまった、かれらは、お互いは良いお友達どうしだと思っているけれども、国どうしでは反目してしまうのよ、個人的にみればウラギリでなくとも、多く集まればウラギリとなってしまうもの。
 なるほど……ベガとアルタイルに文明があるとするならば、ふたつの星はもしかして、宗教的に争うこともあるのかも知れない…織姫と牽牛は、そんな両星の状況など頭のすみの方に置いて、日々の機織と、日々の牛を牽く作業をくりかえしていることだろう、同じ通信手段があれば良いが、そうもいくまい、ついには、相手の星からの爆撃で死にたいと考えるようになるのだろうか。ウラギリモノがそう言うと、女は独り言のように呟いた。それで、おかあさんをどうするの、あんな田舎にひとり残してきて……ウラギリモノ!
 ウラギリモノも同じく独り言のように、むかし読んだ書の文句を口にのぼらせ、吟味するように繰り返した。母とは、盗まれても盗まれてもなくならぬもの……母とは…。すると女は平然として言った。まるで母が多く集まってしまったかのように……でもそれは、母が別の宗教を持ち、あなたに闘争をしかけてくるという可能性を残したことでもあり得るわけね。ウラギリモノはふいに、吟味をやめて叫んだ。きみだって、母性というものを持っているはずだ、それを失わない限り同じ穴の狢だ!
 女は言った。心配して損しちゃったわ。なによ開き直っちゃって。私はいったい、あなたのなんなのよ。ウラギリモノはそれに答えず言った。さて、二人でどこかへ行こう。パリにでも行こうか、あのキャシードラルを見たことがあるか?女はため息をついて言った。高くつくわね。団体なら、旅行会社も割引いてくれるでしょうに。ウラギリモノは燦然と言った。そんな旅行会社もつぶれていくのさ、神のお目がねにかかって、形になったものは、必ず潰れる運命にあるんだ、織姫のつくったテーブルクロスも雑巾になってしまうだろうし、牽牛のひく牛は、のぞまれもしないのに結局は食われることになるだろうよ、ひとまず逃げて、形あるうちに見るんだよ。女は目をつり上げて言い、それでもウラギリモノを促した。くずれてきても知らないわよ、おかあさんは、あなたへの愛情を割り引いてくれるわけがないものね。

http://www.Eva.hi-ho.ne.jp/yoko-i/95j022/



火葬
投稿日 2001/10/06 (土) 20:35 投稿者 小田牧央

 それは落ちた陽が、遙か大陸から飛来した砂で空を薄黄色く輝かせる頃のことでした。馬の鞍のような形をした高台に群がる民家の軒の下に横たわる路地を、小さな坊やがしきりに首を左右に巡らせ歩いて行きました。そう、誰かを探しでもしているように、あるいは誰かに探されたがっているように。
(お祖母ちゃん、お祖母ちゃん、どこにいるよう……)
 電信柱の天辺から、烏が一羽坊やの顔を睨め付けています。薄暗いとはいえ足下も充分見えますのに早々外灯が明かりを灯し、乾いた舗装がその明かりの下だけ漂白されたように見えます。電柱の足下で羽蟻達が列をなし、ろくな庭木もないのに蝉の声が途絶えません。
 車の通るアスファルト舗装の往来にでてみると、遠くに二階建て木造宿舎が黄色い空に逆光となって大きな壁のように立ち塞がっています。どこぞの工場の社員寮なのですが、小さい坊やにそんな事情はわかりません。ただ築数十年で緑青の浮いた屋根や黴に黒ずむ壁が、不気味に思えてなりません。
 誰か新しく宿舎に越してきたのか、引越荷物を積んだらしいコンテナ車が後ろ向きに駐まって、観音開きの後ろの扉を左右に大きく開け放っています。荷物を運ぶためでしょう、平たい板がコンテナの入り口に斜めにかけてあります。その板の上を綱渡りするように身体を揺らしながら渡っていく後ろ姿、乱れた白髪頭に薄紫の着物姿。
「お祖母ちゃん……よおい……」
 坊やは走り出しました。今頃ウチの皆は夕飯でしょう。お祖父さんが亡くなってから、誰も夕飯にお祖母ちゃんを呼びに行かなくなってしまいました。坊やはそれが寂しくて外に探しに飛び出したのです。
 コンテナに辿り着くまでにお祖母ちゃんは中に入ってしまいました。急いで渡る板きれが、たわんでバネのように上下に揺れます。コンテナの中に陽は差し込まず、モノの輪郭もぼんやりとしています。なにか薬っぽい匂いが埃とともに漂ってきます。
 縦向きに縛られた子供用の自転車、マジックペンで短い言葉がメモられた段ボール、奥に散らばるビニールテープと発泡スチロールの緩衝材の上に立つお祖母ちゃんと、深い飴色の和箪笥。腰を落として、一番下の引き出しの鉄金具に指をかけて、そっと引きます。
 坊やが声をかけました。けれどお祖母ちゃんは振り返りません。暗がりの中で背中を折り曲げたまま、なにかを黙って見下ろしています。一歩、二歩、坊やは腕を前に差し伸ばして歩き、少しずつ少しずつお祖母ちゃんの背中に近付きます。指の先が帯に触れ、肩越しにそっと引き出しの中を覗き込みます。
 暗がりの中、浅黄色の美しい布が引き出し一杯に詰まっているように見えました。その中央に子猫が、幼い手足を縮めて横たわっています。緑色の嘔吐物で口を汚し、少しも動きません。死んでいるのです。
「かあいそうにねえ……」
 お祖母ちゃんが、立ち上がります。
「どうしても、つれてきたかったやねえ……」
 コンテナの入り口から差し込む弱々しい光が、立ち上がったお祖母ちゃんの身体から逸れて、いままで照らしていなかった引き出しの隅を照らしました。そこには、穏やかに眠る老婆の顔がありました。坊やが布だと思っていたのは、着物だったのです。浅黄色の着物の老婆が子猫を抱いて引き出しの中一杯に死んでいるのです。
「帰ろう……のう、帰ろう」
 体重をかけて懸命に坊やはお祖母ちゃんの袖を引きます。お祖母ちゃんはぼんやり物思いにふけるようでしたが、やがて足を進ませ始めました。
 外は陽が暮れています。坊やはお祖母さんの袖を引いて、薄墨の空に星が光る道を進みます。二人の後ろで宿舎の入り口から喪服を来た人達が数十名も並んで歩いてきました。火のついた松明をかざしてコンテナ車を取り囲みます。
「今夜は野辺送りやねぇ……」
 お祖母ちゃんが微笑みながら坊やに告げました。



あなたと私
投稿日 2001/10/08 (月) 01:01 投稿者 komaru

苦しいときにはワサビ
泣きたいときにはショウガを。
結ばれてもいないあなたと私が
この中で生きてく時に必要らしいね。
紅茶を入れてあげるよ。
よくなるまで
よくなるまで



キリキリ
投稿日 2001/10/13 (土) 11:15 投稿者 雨森はとな

あたし どきどきすんの
ヒモで首がキリキリ絞められてさぁ
その音がたまんないって言ったら
どんどんキリキリ絞められてくの
ノドボトケの当たりに息がキュッと詰まって
苦しいんだけどさ 
あたしを見つめる目がまた
たまんなく愛しくて
可愛くて

「もっと絞めてもっと絞めて」っておねだりしたの



いもむし。
投稿日 2001/10/22 (月) 10:24 投稿者 霧枝


おどらなくちゃ
あしはおとうさんがもっていっちゃったけど
おどらなくちゃ
うではおかあさんがもっていっちゃったけど

いもむしみたいにうねうねするあたしは
きっとずっとおへやのなか

ずっとずっとこのままなの

ね、ところであなたは なに?



雨がやんでも
投稿日 2001/10/28 (日) 21:24 投稿者 小田牧央


 目が覚めると最果ての駅だった。酔いが醒め、アタッシュケース片手に見知らぬ街に降りる。ネクタイを緩めながら宿舎を探し、疲労と頭痛に悩まされ、いつしか私は細い裏路地に迷い込んでいた。
 雨の中、黒い背広姿のマネキンが縊られていた。見上げる私の頬を雨粒が打ち、まばたきせずには長く観察していられない。黴黒く汚れたモルタルの壁が左右に立ちはだかり、細長い空はネオンに照らされ灰色をしている。曇り空を背景に壁の間を電線や色褪せた洗濯紐が張り巡らされ、路地の中央からマネキンは首を吊られていた。ワイヤーが白いプラスチックの首を、へこみができるまで締め上げている。つるつるした首を雨粒が滑り、革靴の先から滴が垂れている。マネキンの男はうっすらと笑いを浮かべているように見えた。
 傘がなかった。濡れていた私は悄然としているように見えたのかもしれない。声が上のほうからした。女性の声。小さなサッシ窓から一人の女が顔を覗かせ、なにか言っているのだが雨音で聞こえない。手招きしているのを見て私は足を進めた。女が待つ建物の中へ。
 三十代半ばだろうか、夜の商売の女だった。風邪をひいているのか、何度もクシャミを繰り返し、悪寒がとまらないと言って毛布を二枚、身体に巻き付けていた。その晩、私は女の部屋に泊まった。
 翌朝も雨だった。女が顔を覗かせていた窓から私は路地を見下ろし、吊られたマネキンを指差しながら、あれはなんだと訊いた。風邪のせいで泣き腫らしたような眼をして、勘違いしたと毛布の中の女が答える。もう何年も待っている男がおり、あのマネキンは女がここにいるというサインなのだそうだ。私をその男と勘違いした、そういうことらしい。
 近所の者は不審に思わないのかと訊いた。馴れてしまうと誰も気にしなくなってしまうから、と女は答えた。
 私は駅に戻り、街をでた。それから五年が過ぎた。
 晩秋の雨が降っている。今度は傘を持ち、あの裏路地を探して街をさまよっていた。昼下がりにも関わらず、厚い雲が低く垂れ込め暗い。気分が沈んでいるのを感じた。あの女が語ったマネキンの由来は本当だったろうか、どこか即興の言い訳のようにも思えた。本当だったとしたら、女のもとに男は帰ってきたろうか、それとも変わらず今もあの路地にはマネキンが吊られているのか。
 見覚えのある通りにでた。足が採るべき道を思い出す。早足で進み、いくつかの角を曲がり、人の行き来が途絶える頃、私はあの裏路地に足を踏み入れていた。
 五年前と同じように、顔を上げる。傘を高く掲げ、そこにあるものをみつめ、脱力した腕をゆっくりと下げる。頬を雨粒が叩くのを感じながら二、三歩足を前に進ませる。
 吊られていた。男のマネキンと、女が。腐った頬肉から歯根が覗き、引きつった唇にマネキンのような笑み。
 傘を掲げ直し、私は踵を返す。五年前に来たときは、夏の夜だったなと思い出しながら。



気が遠くなる前に
投稿日 2001/10/29 (月) 07:56 投稿者 レミア

僕を救って下さい。
このままではアナタのことも忘れてしまいそうだから。
もし僕がアナタを忘れてうっかり殺してしまったら大変だから。
僕を救って下さい。
僕の気が遠くなる前に。



天麩羅屋の蛇
投稿日 2001/11/11 (日) 21:55 投稿者 小田牧央


 友人Kが死ぬ少し前、私は天麩羅屋の前で蛇のことを思い浮かべていた。Kが死んだのは同じその天麩羅屋の前であり、私がもう少し早く蛇のことを考えていればKを救えたはずだった。
 朝八時、ハンドバッグをぶら下げ人通りのない街路を歩いていた。経営している私の喫茶店に急いで向かっていたところだった。寂れた駅裏の街路を力の衰えた朝日が照らしており、ただでさえシャッターを閉ざしたままの店が多いのに、朝ともなると静か過ぎてなお寂しかった。
 そのときまで、歩きながらなにを考えていたのか覚えていない。ただ天麩羅屋の格子戸の前を通り過ぎたとき、不意に頭の中に浮かんだのが蛇だった。思わず背が海老反り、顔を正面に向けた。あの爬虫類の濡れた肌がぬたぬた頭皮と頭蓋の狭間でうごめいて、私を恐怖でいっぱいにした。
 脈拍が早くなっているのを感じながら、せかせかと歩いた。天麩羅屋と喫茶店の間は五十メートルもなく、せいぜい一分とかからなかっただろう。それでも私はその間、まったくの人事不省だった。足下からなにかが赤い舌を出し入れしながら這い上がってくるようで、ときどきスカートの上から太股を撫でなければならなかった。
 店に着くと私はいつも通り鍵を開け、照明を点けた。店内の片付けやサイフォンの準備、植木鉢の整理といったお決まりの作業をこなす内に動悸は収まってゆき、代わりに浮かんできたのは疑問の塊だった。どうして私は今朝に限って急に蛇のことなど思い浮かべたのだろう。確かに爬虫類全般が苦手なほうだが、今朝になって唐突にこんな恐慌状態に陥った理由がわからない。
 カウンターの中に立って食器類の用意に黙々と手を動かしているうち、不意に気配を感じて顔を上げた。天麩羅屋は交差点の向こうにあり、喫茶店からあの格子戸の正面がよく見える。
 どういうきっかけだったかよくわからない。そのとき店内にはAMラジオを流していたから、そのせいかもしれない。ちょっとした雑学を思い出したのだ。ラジオを聴きながら勉強なり仕事なりしている者が、不意にあるメロディを思い出す。口ずさんだり口笛を吹いたりしていると、いつの間にかラジオで正にその音楽が流れている。つまりラジオで流れた曲が「聴いている」という意識のないまま無意識に刷り込まれ、メロディを急に「思い出した」ように錯覚するのだ。
 友人Kが天麩羅屋の前を通り過ぎようとしていた。Kには私の喫茶店の経営を手伝ってもらっている。当然Kは交差点を渡ってこちらに来るつもりだっただろう。けれどKは急に立ち止まり、方向を百八十度変えて天麩羅屋の前に向かった。
 いけない、という思いが胸を突いた。持っていたカップが手から滑り落ちる。カップが砕ける音を背に走り出し、私は自分でも理由のわからないまま店のガラス扉を開けKに向かって大声で叫ぼうとした。
 次の瞬間、天麩羅屋の格子戸が吹き飛んだ。噴き出した炎と煙にKの身体が包まれ真後ろに転がった。大音声に鼓膜が震え、熱波がここまで届くのを感じた。
 ガスの漏れる音から蛇の威嚇音を連想したのだということを、そのときになって私はやっと明確に理解した。



どうしようもないこと。
投稿日 2001/11/29 (木) 13:08 投稿者 霧枝

うまれてきたこと。
どうしてなんだろ。
べつにここにいるのはあたしじゃなくてもいいのに
どうしてここにいるんだろ。

のぞまれていないのに
すかれてもいないのに

ふしぎなの

どうしてここにあるんだろう

しぬことしかじゆうにならない
そんなあたしのからだ。

どうしようもないくらいことだらけだ。



春の殺人事件
投稿日 2001/11/29 (木) 15:59 投稿者 青猫

櫻の木は見てひた
ひとりの少女が無残に殺されたのを
櫻の木は見てひた
白ひ透きとほった花を震はして
櫻の木だけが見てひたのだ



撫で肩な夢
投稿日 2001/12/09 (日) 18:19 投稿者 小田牧央


 真夜中の郊外、電車はその軌道を黙々と進んでいた。車内暖房は効いていたが風邪をひいていた私は用心してコートを着込んでいた。一日の疲れがでたのか、背中を丸めてうつらうつらしていた。その車両に私以外の乗客はなく、首筋が列車の振動で突っ張ったり緩んだりするのを感じていた。よく歩いた一日で、下半身の骨と肉の間にお湯が溜まっているような感じがした。
 まどろみながら、子供の頃の村祭りを思い出していた。半分は夢のように自動的だった。ぼんぼりが連なり、夜店の裸電球のもと綿飴が売られ、見上げれば星空が美しい。思い出を俯瞰する視線はやがて子供の頃の私に固定されていく。
 浴衣の上に半纏を羽織った父が私の腕を人混みの中痛いくらいに引いていく。寒がりでよく母に湯たんぽを用意させていたから、半纏も風邪防止のつもりだろう。盆踊りの音頭が切れ目なく満ち、私は周囲の大人達を見上げながら父を追いかける。なぜか大人達は皆私の家の親戚達で、盆踊りの輪があるほうを一心にみつめている。父は驚く程に撫で肩な人だったが、夢の中でそれはデフォルメされて首を頂点とした二等辺三角形の肩をしている。
 強く腕を引きすぎたのだなと思い、手を離す。すると父は振り返る。病室で親戚一同に見守られながら息を引き取ったときの弱々しい顔のまま、どうして落とすんだと怒る。なんのことだろうと立ち止まって見返すと父には両腕がなく、半纏が撫で肩から腰まで滑り落ちる。
 そこで目が覚めた。背中を起こすと、車窓の遥か遠くに町の灯が望める。痛む首筋を何度も左右にひねり、私はぼんやりと光景を眺める。列車は鉄橋を渡っているところらしく、川面に町の灯が逆さに細長く反射している。頭がひどくぼんやりして、不意に視覚の焦点が車窓に反射する私自身の鏡像に移動した。そこには両肩のない私がいた。腕が入っていたはずのコートの袖は、ペタンとしてなんの膨らみもない。
 まばたきした。瞼の裏で夜店の裸電球が光った。瞼を開くと車窓に映る私に腕が戻っていた。ああ、よかったと思いながら私は左右の腕で互いの肩を確かめようとした。けれど腕を感じなかった。見下ろすと、私の肩は右にも左にもなかった。遥か下を暗い川面が流れていく。私は宙に浮いていた。椅子に座ったままの姿勢で列車と併走している。列車の中では両肩のある私が眠ったままでいる。
 美しい星空を見上げながら、列車の中の私を起こすにはどうすればいいか考えていた。車窓を叩いたらどうだろうと思ったが、私には腕がない。それに、列車の中の私が起きたら、私は消えてしまうかもしれない。



鏡には顔がなく
投稿日 2002/01/14 (月) 21:45 投稿者 小田牧央


 当時の私はひどく疲れていた。乱れた髪、化粧のとれかけた頬、小さく口を空けたままの私を最終電車の車窓が反射している。そうした人格の荒廃したような私を目にしながら、どうにも手の救い述べようがないやるせなさを眠気で濁った頭のどこかで感じていたと思う。
 やがて列車は別路線の列車と併走していた。闇が濃く、併走する列車はただ車窓だけが宙に一列に浮かんで見える。ショーウィンドーのように隣の列車の中が素通しで、あまりこちらと代わり映えのしない車内の様子がうかがえる。
 ただ、ちょうど私の真向かい辺りの窓に一人、奇妙な乗客がいた。黒い背広に七三分けの髪型、逆光で見えにくいが愛想の良さそうな顔をして口元に笑みを浮かべている。身体の前に、大きな姿見を抱えている。背筋をまっすぐ伸ばし直立不動で鏡を両脇から支えている。
 恐らく洋品店かどこかの従業員が、仕事の事情で姿見だけを運ぶことになったのだろう。仕事に疲れていた私は頭がまわらず、そう簡単に考えてぼんやり奇妙な光景を眺めていた。併走する列車同士のスピードがあわず、軌道も完全に平行しているわけではないせいか、隣の列車との距離や位置は絶え間なく変化し、男の支える姿見にはダンスのようにリズミカルにこちらの車窓が揺れながら映っている。視線が引き寄せられ、ちらちらと肩まで髪を伸ばした女性の後ろ姿が見えた。
 最初は気付かなかった。その後ろ姿は、紛れもなく私自身だ。私は鏡のほうを向いているのに、鏡には後頭部が映っている。
 なにかひどく薄気味悪いものを感じ、私は目を伏せた。車窓に背を向け、考えてしまいそうなこと、感じてしまいそうなことをすべて拒否した。
 やがて駅に到着し、私はホームに降り立った。三つの路線が交差している比較的規模の大きな駅だけれど、零時を過ぎて人の気配は少ない。私と一緒に降りたのも五、六人だった。階段を上り自動改札を抜ける。駅ビルの店舗入り口はシャッターが閉ざされ、浮浪者が壁際に布団を敷いて眠っている。
 下りエスカレータに向かう。地下街へのエスカレータに続いているため、かなり長い。朝は蟻のように人の列ができるけれど、今は静かだ。足を乗り入れる前に隣の上りエスカレータを見た。下から背広姿の男性が上がってくる。身体の前に大きな姿見を支えている。清潔感のある笑みを浮かべた男の顔が、一定の速度で音もなく向かってくる。
 眩暈がした。男の持つ姿見の中に姿見を持った私の姿が映る。その姿見の中で男が姿見を持ち、合わせ鏡の世界が続いている。身体のバランスを失い、エレベータに一歩足を踏み出した。危ない、転がり落ちると緊張した瞬間、私は気付いた。今はもう零時を過ぎている、エレベータは止まっているはずだ。
 そう、上りエレベータも停止している。男が足を動かさずにエレベータを上がって来れるはずはない。姿勢を立て直し、手すりにつかまり、どうにかまともに起き上がって動かないエレベータを二、三歩降りた。視線のずっと先、エレベータの始まるところに倒れている男の黒い背広姿があった。鏡の破片が散乱している。
 なぜか吐き気が込み上げてきた。私は手すりにもたれ、半病人のように足下をふらつかせながら一段一段エレベータを下りていく。そうしている間に地下街のほうのエレベータから上がってきたのか、一人の女性が倒れている男に走り寄り、大丈夫ですかと声をかけた。肩まである髪をして、私にそっくりだ。
 女が顔を上げた。そこに顔はなく、髪だけがあった。私は目を閉じ、その場にうずくまる。これがどんな悪夢だろうと、あと数時間もすればまた出社しなければいけない。



日曜日
投稿日 2002/01/28 (月) 09:37 投稿者 定斎屋

安いからと 鋏を買ふ女



灰を吐く
投稿日 2002/02/10 (日) 21:02 投稿者 小田牧央


 朝、いつものように夫と息子を送り終えた後、私は寝室でうたた寝をする。押入に片付けに来たはずなのに、寝乱れたままの布団を見ると横になってしまう。ほんのうたた寝程度、十分程だけど、この頃習慣になってきている。
 このとき、夢の続きをみることがある。夢の中で入った建物(病院、本屋、デパート、実家、建て直し前の実家)に戻っていることがある。だからその日の朝は不安だった。その日は悪夢をみた。だからこのうたた寝で悪夢の続きをみはしないか不安だった。けれど習慣は恐ろしいもので布団を目の前にすると横になった。肌のぬくもりは消えていても、汗なのか綿の匂いなのか頬にシーツが柔らかい。
 しかし私は今朝、どんな夢をみた? 記憶は不鮮明、けれど胸苦しい気持ちは覚えている。寝返りを打ちながら、思い出そうと額に力を込める。カーテンを通じて室内に満ちる淡い波模様が連想を助ける。そう、あれは炎だった。転がる炎。段ボール箱が火の粉と灰を巻き上げながら燃えている。火を消そうと長い角材で必死に私はそれを叩いている(消火器とか水とか役立ちそうなものはない。探そうにも目の前の炎に夢中で手が放せない)。角材が段ボール箱を叩く度に黒い灰が飛ぶ(ときに白い灰が。白い灰のほうが軽くて遠くまで飛ぶ。灰の表面で火の粉が輝きながら腕をかすめるが火の粉が美しくて視線がそちらを追う)。
 私は車庫で角材を振るう夫を見ている。ドアの陰に隠れて夫を覗いている。シャッターが閉ざされ車庫は薄暗くオレンジ味を帯びたライトが夫を逆光で照らしている。夫は角材を振るってセメントの床に転がる息子を殴り続けている。息子は口から火の粉と灰を吐く。夫は背広姿で上着を開いた車のドアにかけている。ネクタイは丸めてシャツのポケットに入れている。夫は額の汗を拭いもせずに角材を振るい続ける。息子は燃えていない。
 私は母屋のほうに戻る。建て直す前の実家の長く薄暗い廊下がそこにあり、私は石油とマッチを手に入れるため台所に向かう(そこには石油ストーブがあったはずだから)。早く息子を燃やさなければいけない。



死の灰
投稿日 2002/02/22 (金) 01:30 投稿者 ひろぽん

亡き祖父の口癖、いや、単に私の印象に強く残っているだけで、子供の頃に数度聞いただけなのかもしれないが、それは私の思考に強く根付いている。
人は生から死への時間的なイメージをしばしば想う。日用品や社会組織、テレビタレントに到るまで、「始まりと終わり」に関する概念で考えたり、話したり、毎日のように行っている。私の場合には、それが全て灰へと収束されていくのだ。

例えば、全ての物質の最小単位は原子と電子、分子……ヒトも目の前の物質も細かく砕いていくと同じである……などと教えられたものだが、実感として認知できるものではない。しかし、それらを燃焼させると、白と黒の入り混じった灰になる事は、よく判る。

幼かった私は、火葬場で焼かれた亡き祖父の姿と、遺族控え室の灰皿に積もる灰が同じ物であることを発見し……生前の祖父の言葉に合点が行ったことを得意げに……灰となった祖父に報告したのだった。



蒼白の活花
投稿日 2002/02/26 (火) 10:59 投稿者 定斎屋

たぐひなき
 解語の花の
  惜しければ
   常盤に散らぬ
    花器よあれかし



君に向けて
投稿日 2002/02/26 (火) 13:07 投稿者 hashishu

粉々に砕け散った世界
そこに君は何を見つけようとしているのだろう
指先から、
止まることなく、
滴り落ちる血で、
破片を真っ赤に染めながら、
君がみつけだすものは、
甘美な悪夢?
それとも・・・・・・・



願望と現実
投稿日 2002/02/28 (木) 19:55 投稿者 雨森はとな

もう世界にいる意味が無い…きっかけは単純で
くだらないことだけど……ある日思った。
たまらなくなって剃刀を手首にあてたけど斬れなくて
首筋に包丁をあてたけど斬れなくて
私は世界から消滅したいのに自殺未遂すらできもしない
落ちこぼれで………程度の低い人間で……
最後に風邪薬たくさんをカリン酒で飲みこんで…
だいぶたって頭がくらくらして気持ち悪くて…身体に力が入らなくなった
でもこれぐらいでは死ねない。
意識を失って一瞬倒れたりした。
でもこれぐらいで死ねるわけなどない。
事実そうだった。私は死ななかったし死ねなかった。

後でこんな記事をみつけたの。
「薬で死ねる確率は低い」



こわれもの。
投稿日 2002/03/02 (土) 15:19 投稿者 霧枝

あたしはいま、なきながらわらってる。

みぞおちをねじられるようにおかしくて
めだまがあふれそうなほどにかなしくて

なにがあったのか
なにがおきたのか

ただわかっただけなのに

ひつようとされてないことが
つないでくれるゆびがどこにもないことが
それだけのことが
こんなにもおかしくてかなしいよ

ねぇどうしよう?
こんなあたしはどうしよう?

「廃棄しましょう」

あたまにひびくこえにうなづいて
ガラスのびんをてにとった。



現代猟奇歌
投稿日 2002/03/05 (火) 01:38 投稿者 伏見玄月



葦影にしゃがむ少女の腿を斷ち 火にくべてのち 骨をねぶるや




現代獵奇歌
投稿日 2002/03/05 (火) 15:34 投稿者 伏見玄月




新しき町の悪霊祓ふため 子供の首を校門(もん)に据ゑ置く




現代獵奇歌
投稿日 2002/03/06 (水) 01:21 投稿者 伏見玄月



アッラーの御名を稱ヘつ ビルの窓 映る機體におのれを見しか




現代獵奇歌
投稿日 2002/03/07 (木) 00:16 投稿者 伏見玄月



吾子の友 顏色變へず首をしめ 便所の奥で詰めなほす母




現代獵奇歌
投稿日 2002/03/07 (木) 00:20 投稿者 伏見玄月



父母の寢息も憎し午前二時 バットをとりに部屋にもどるか




Notitle
投稿日 2001/01/12 (金) 20:05 投稿者 yan yan

a WhiTe sMilEd and KisSed
iN a phOto yoU toOk tHe hOneSt
ThE woRth oF wHich aNy fEasT
cAnNOt heLp aSsassinAting tHe dEareSt

http://www.eva.hi-ho.ne.jp/yoko-i/95j022/



カウンター
投稿日 2001/01/12 (金) 20:41 投稿者 小田牧央

 薄暗がりの路地を見ると、歩きたくなる。そんな衝動に、その日も駆られた。還暦を迎えても、治らない性格。古書店巡りをして足は棒になり、埃っぽい紙の香りが漂う鞄が肩にめり込んでいたというのに、業なことだ。
 街は方形に区画され、私は左右の店を眺めながら南下する。十字路を横切るたび、西に傾く陽が真横から瞳孔を刺す。東西方向に比較的大きな商店街が連なるが、この眩しさでは西に向かう車は大変だろう。
 直行する南北の路地は、人通りが少ない。薄汚れたバーや定食屋、真夜中にしか開かない猥雑な店、段ボールばかりセメントの土間にうずたかく積まれた建物、夕陽は届かない。背後から冷たい風が自分を追い越していくたび、ふっと垢じみた匂いがする。
 すうすうした気持ちに中毒じみた感傷を覚えつつ歩いていくと、向こうから一人の若者が歩いてきた。胸の前になにか握りしめ、一心にそれを覗いている。少し間を置きながら、カチャリと金属音がする。
 なんだろうと思っていると、すれ違いざま手元が見えた。カウンターだった。野鳥の数や、歩行者数の調査に使う、あのレバーを押すとカチャリと音がして数が増える、銀色のカウンターだった。
 はて、こんな街の中でなにを測っているのだろう? なにを数えているのだろう? 若者が遠ざかっていっても、私は頭をひねらせていた。歩数だろうか。いや、それなら万歩計を使えばいい。それに、カウンターを押す間隔はもっと空いていた。擦れ違った人数だろうか。いや、私と擦れ違う間も、二、三回かそれ以上は押していた。
 なんだろう、なんだろうと思っているうちに、またひとつ大きな交差点にでた。今まで暗がりだったのが、急に茜色一色に染まり、西の方向は特に眩しくて直視できない。夕方のラッシュが通りを埋め、歩道には大勢の人がガヤガヤと行き交う。
 数人の集まりが、大声で人々になにか呼びかけている。なぜか黒ずくめで、なにか文句の書かれた紙製のタスキをしている。ホームの駅弁売りのように、首にかけた紐で画板のような大きな板を腰に地面と水平に下げ、そこになにか細かいものをのせている。遠いのと眩しいのとで判別しがたいが、どうやらカウンターを配っているらしい。皆、目がとても真剣で、しつこい程に歩行者を呼び止めては、強引にカウンターを握らせている。いったい、なんだろう。なんのために配っているのだろう。私は思わず足をとめた。
 そのときだった。ゴォウン、と遠くで寺の鐘が鳴るような音がした。西の果て、夕陽に影をさすように、一条の黒煙が音もなく上がっていく。自動車事故だ。
「ほら、また一人!」
 カウンターを配っていた男が一人、黒煙を指して叫ぶと、歩道で一斉にカチャリ、カチャリ、カチャリと金属音がした。



無題
投稿日 2001/01/12 (金) 20:43 投稿者 椿

今宵は街の灯りがやけに眩しいと
アナタがつぶやく
どす黒い血のような三日月の夜。



無題
投稿日 2001/01/12 (金) 20:44 投稿者 椿

ふと目を醒ますと
私はただ一つの死体となっていました。
アナタに会えてよかったと
私は初めて地上の星を眺めることが出来ました。



無題
投稿日 2001/01/12 (金) 20:45 投稿者 椿

夜風が吹くと
毛穴がキリキリ痛みます。
それはたぶん
夜が毛穴を通って私の中に入ってくる為でしょう。
私の中で小さな夜が始まります。



無題
投稿日 2001/01/12 (金) 20:45 投稿者 椿

都会の夜は
夜の恐さを失した夜です。
だからその夜には
たくさんの虫が集まってきます。



無題
投稿日 2001/01/12 (金) 20:46 投稿者 椿

”欲望”という名の電車に乗って、
”幸せ”という名の駅に着く。
”傲慢”という名の列車に乗りかえ、
”挫折”という名の駅に降りた。
その夜は”人生”という名のホテルに泊まり、
”生きる”という名のそばを食う。
腐ったみかんの味がした。
そんなもんだよ人生は。



もり
投稿日 2001/01/12 (金) 20:46 投稿者 藤原真秀

森は続きます。
幽かな光を、其処にある全てのものたちに等しく与えながら。

裸足である者も、
毛皮を纏う者も、
同じく其の光の中で呼吸をして居るのです。

暗いとか、寒いとか、
眩しいとか、暑いとか、

様々な声が聞こえてくるけれど、
はじめにあったのは、
ただの森。

森は同じだけど、
其処での過ごし方はみんな違うのです。
それは悲しいことでしょうか?
それは喜ばしいことでしょうか?

森を歩く者全てに心が与えられていることこそ
真の平等といえましょう。



無題
投稿日 2001/01/12 (金) 20:47 投稿者 椿

お腹の中で
長くてウニうニした虫が
グニグニにからまって
ボクの口から出ようとする。



アタシ
投稿日 2001/01/16 (火) 00:32 投稿者 kiku

床の上をコロコロ転がって行く林檎
ほらね
やっぱりこの床は傾いてる
ベッドに寝ころんで
煙草をくわえたままで
シャンパングラスにカシスのお酒とシャンパンを注ぐ
天井がグルグル回っているのは
お酒のせいじゃなくて
あなたが私の首を絞めているから
そして
転がっているのは林檎じゃなくてアタシの方みたい



んん?呼んだか?
投稿日 2001/01/19 (金) 03:53 投稿者 雲影

 
もし感覚がこの世のもので無いとするのなら
 
頭の中で鳴り響くこの音楽はなんだ?
 
冷たい息を吹きかけるおまえの優しさ
 
そしておまえはいったい誰だ?
 
昨日世界では何人死んだ?
 
俺の番はまだか?
 
おまえはまだ生きるのか?
 
やがて世界が生まれ変わる時
 
俺達は何をすれば良い?
 
二つに別れたミルクを抱いて
  
おまえは腕の骨を折る。
 
皮を剥ぎ肉を剥き牙を削ぐ
 
やがて夕日が昇り朝日が沈むだろう
 
血に染まる湖の上
 
狂ったようにおまえは踊る
 
干からびた俺の死体 思想 思惑 
 
おまえは鳴いた
  
なんで?なんでなの?
 
狂わしき世界に理由などいるのかい?
 
三枚に畳んで欲しいのか?

ああ?

割ってあげるぞ?いつまでも俺はおまえを愛しそして割り続ける惰性
 
 

http://www3.plala.or.jp/yoshy_sunahukin/dark_index.htm
 



土曜の午後
投稿日 2001/01/19 (金) 03:56 投稿者 桜沢エリカ

二人はいっしょ いつだっていっしょ
ずっとずっとずっといっしょだよぉー
どこだっていっしょ 二人はいっしょだよぉ
ずっとずっとずっといっしょなの
とにかくいっしょ 
金曜日の夜から いっしょ
ずっとずっとずっといっしょだよぉー



投稿日 2001/01/19 (金) 04:27 投稿者 camel

満ちているはずの月は薄雲にその白い肌を犯されて
淡い憐憫をたずさえた姿とやるせない抵抗の声を
遥か彼方の冷め切ったアスファルトに向けてみせるから
俺、倦怠るい気分で煙草を立て続け飲んで
眼前の白い妄想画面をだんだらに黒く汚しながら
その向こうに確かにあるはずのかぼそい腕にすがる始末
肉がミチミチと音を立てて重なり合う重なり合う
頭のすわらない白痴の子を想いながら
透き通るような肌を汚して犯して
気付いたらあたりは真っ赤に真っ赤に染まってた

http://www11.freeweb.ne.jp/novel/umozon/index.htm



俺があの月を、あの満月を砕いてみせようか?
投稿日 2001/01/19 (金) 04:37 投稿者 雲影

例えば
絶望を繰り返す事。
それでも人は希望を抱き続けるだろう。

例えば
悪夢を見続ける事。
何が悪夢か何が悪夢ではないかも、ほんとのところ、
誰に分かると言うのだ?

例えば
死に至る苦痛を感じ続ける事。
痛みは麻痺しその感覚すら意味が無くなるだろう。

例えば
大切な物を壊される事
しかし記憶まで壊せるのか?

例えば
狂気の世界に放りこまれる事
狂気の世界?
それはこの場所以外にどこにある?

例えば
虚無感
しかし基本的な欲求は止められない
人形にでもなるか?

例えば

もし昨日死んでいたとしたら?

例えば
自己
放って置いても生まれ変わるのが人間だ

例えば
破壊
それでさえ、新たなるものを生み出す力に過ぎない



 
投稿日 2001/01/19 (金) 04:37 投稿者 雲影


そして、踊り続ける君の姿。

不器用に、不器用に。


http://www3.plala.or.jp/yoshy_sunahukin/dark_index.htm



おれんぢ
投稿日 2001/01/23 (火) 07:01 投稿者 komaru

蜜柑の中の僕の夢
種に与えられる蟲の息
どうしてくれようか
崩れ落ちる果肉の
叫ぶような痛み
どうしてくれようか
くるった君にあげることにした
まだ幼い君に
まだ知らない君に
蜜柑の中の僕の夢
寂しい僕の中の夢

どうしてくれようか



こんなに・・・
投稿日 2001/01/23 (火) 07:08 投稿者 komaru

寒いって君が言うから・・・
僕はホラッ
こんなに暖かいよ

痛いって君がいうから・・・
僕はホラッ
こんなに蝕んでいるよ

苦しいって君がいうから・・・
僕はホラッ
こんなに・・・
こんなに・・・



網膜
投稿日 2001/01/23 (火) 07:17 投稿者 komaru

悲しみとは裏腹に
君の目の奥は乾いて
哀れんでいるのでもなく
蔑んでいるのでもなく
僕の奥にはいってゆく

なんだろう 記憶の中の
赤い模様 古い記憶
全ては僕の
全ては君の
腐り落ちた妄想なのかも
しれないね

もう少し生きてみようかな



untitled
投稿日 2001/01/24 (水) 01:41 投稿者 yan yan

while going home I add
to the cold-hearted, without phone,
that last saturday you had
put your lip, recklessly on

http://www.Eva.hi-ho.ne.jp/yoko-i/95j022/



時計葬送
投稿日 2001/02/04 (日) 20:56 投稿者 小田牧央


 ええ、時計です。
 時計の葬送です。
 あの、先生、私の左眼が見えなくなったこととは、関係ないと思いますよ。夢の話なんですから。お願いします、今朝起きたときには、もう見えなくなってたんです。昨夜はなんともなかったのに。
 ええ、痛みはありません。ですから……わかりました。お話しします。
 いつの間にか、私は殺風景な狭い部屋にいます。家具調度もなく、天井を排気管やガス管が走り、床はセメントが剥き出しで、なにか敷いてあったのを剥がしたのか、テープの跡が縦横に走っています。ぼんやりテープの跡にこびついた紫っぽい灰色の埃をみつめていると、外から楽しそうな笛や太鼓の音が、初めは小さく、次第に大きく、近付いてくるのに気付きました。
 私はいてもたってもいられなくなり、ドアを開けて廊下に飛び出すと、鉄製の螺旋階段を駆け下りました。ぐるぐると回りながら降りていく心地がひどく不安で、遙か上のほうから監視される視線を感じました。
 観音開きのガラス戸を押し開けると、左右を高いビルに囲まれ、日の射さない暗く細い路地を、奇妙な集団が近付いてきていました。二、三十人はいるでしょうか。身体をすっぽり長く白い布で覆い、顔には肩が隠れてしまうほど大きな仮面をつけています。仮面には、視線がそっぽを向いた二つの丸い眼以外、なにもありません。
 集団の真ん中には大八車が引かれています。奇妙なのは、ビルの中では楽しそうだった笛や太鼓の調子がまったく変わっていたことです。太鼓はときたまポテン、ポトンと叩かれるだけで、笛のかすれた音色には調子の狂ったヒィという高い音が混じります。
(葬送だ)
 大八車には鉄の塊が載っています。吹奏楽の大太鼓を横倒しにしたような、平たい円筒形の、金属製のもの。
(これは葬送だ)
 そのとき私は気付きました。笛の音に混じるヒィという高い音。それは笛ではなく、人の悲鳴なのです。大八車の上の金属の塊からそれは響いてくるのです。
 どっと大八車が揺れました。仮面達が立ち止まり、笛の音が途切れます。乾いた木の割れる音がして、大八車の車輪が外れて転がっていきます。斜めに傾いた台から、円筒形の金属の上面が、初めて見えました。それは、巨大な時計の文字盤でした。
 文字盤は中央部が透明で、時計の中の複雑な機械仕掛けが覗けます。その中に、小さく身を屈めた一人の老人がいました。どういうわけか、身体中に黒い斑点があります。そう思ったのも束の間、突然老人は針鼠のようになりました。
 秒針がコチ、コチと時を刻む毎に、歯車の間から鋭い針がシュッと突き出て、老人の身体に突き刺さっているのです。針は何十本もあり、秒針が進むたび、でたり引っ込んだりしているのです。斑点だと思ったのは、針の突き刺さった穴だったのです。そしてあの掠れた悲鳴……私に向かってくる仮面の集団を見たと思った瞬間、目が覚めていました。

 語り終えた患者を前にして、私は尚も言葉を発することができずにいた。ペンライトを手にして、私はルーペ越しに再び患者の左眼を覗き込む。錯覚ではなかった。瞳孔に頭を突っ込んだ小さな老人が、瞳の中に倒れている。身体中を黒い斑点が覆っていた。



無題
投稿日 2001/02/07 (水) 20:33 投稿者 椿,email

ふと街を歩いていると。
アスファルトの上に、恐ろしく無造作に散乱している人骨をみつけた。
微妙に欠けた前歯。艶やかな爪。
生気のないこの街で、落ちている死が生々しい。
カケラを一つ踏んでみると、
パキリと乾いた音がした。
命の割れる音。
そして沸き上がる、えも言われぬ充足感。
私は我を忘れ、ひたすらそれを踏み割った。
街は沈黙して、そっと聞き耳をたてていた。



投稿日 2001/02/09 (金) 01:48 投稿者 komaru

深爪の僕は血流の音を知らず
もうすぐなくなってしまうと
いうのに、いまだに爪を切る

もう遅いっていうのに・・・

彼女は僕に問いかける
「爪ってどうやって生えてくるのかしら?」
そんなこたー知る訳がない
なにしろ血流の音さえ知らないのに

穏やかな春の日に彼女は死んだ

彼女の爪を切ると鈍い音と共に
赤黒いものが流れ出す
血だ
しかしそこには音は無く
静かに沿って落ちるだけ
何事もなかったように
振舞う自分が恥ずかしく
思えた
だから・・・

僕は爪を切る
深いその奥まで爪を切る

もう、遅いっていうのに・・・

僕はまだ、その音を知らない



無題
投稿日 2001/02/09 (金) 20:44 投稿者 椿

あるビルディングの隙間で人形を拾った。
金色の髪が波打つように美しい、
深い緑の瞳をもった愛くるしい笑顔のお人形。
なぜこんなところに捨てられたのか。
フト考え込んでいたが、
その子の瞳があんまり澄んでいるものだから、
いたたまれなくなった私は、
その子を捨てて、逃げるように立ち去った。



無題
投稿日 2001/02/09 (金) 20:55 投稿者 椿

真夜中。
灯りを消して床に就くと、隣で女が騒いでいる。

待って、行かないで。
私を一人にしないで、お願い。
もうイヤだ、私にかまわないで。
私を一人にして、お願い。
死なせて、もう苦しみたくないの。
殺して、もう死ぬ事すら辛い。

目をつぶってみると、
息苦しい程の闇。
ああ。
体なんか捨ててしまって、
意識なんか消してしまって、
何の感情もなく、闇と同化してしまいたい。

女は今も泣いている。



魚のうろこの光る・・・
投稿日 2001/02/10 (土) 05:19 投稿者 komaru

海が広がる僕の前に
崩れる落ちる僕の前に
世界を変えようと
試みてはみたのだが
無意味であった

人の心というのは
わからないもので
すぐに変わってしまう
まあ、地球は回って
いるのだから仕方の無い
ことではあるが

僕の頭の中を
ぐるぐるとまわる
魚のうろこは光っていて
とてもこの世のものとは
思えないほどである
お金では買えないような
何かであることは確か

泣き咽ぶ僕の顔は赤く
涙が赤くにじんで
その赤に命を感じ
そして果てる

あぁ 綺麗だ
あぁ 綺麗だ



御免なさい
投稿日 2001/02/14 (水) 00:31 投稿者 komaru

暗くってごめんなさい
楽しくなくってごめんなさい
笑ってばかりでごめんなさい
傷つけてしまってごめんなさい
痛くしてごめんなさい
殺してしまってごめんなさい

でもね、君が全て悪いんだよ
でもね、僕にも非があったのかも

亡き者にしてしまってごめんなさい

謝るから、ねぇ

何か、言ってよ・・・・



投稿日 2001/02/21 (水) 18:39 投稿者 ひろぽん

傷を負って生きている

すぐに治るカスリ傷
事あるごとに疼く傷
致命的なものを抱えた傷
ある状況から抜け出せば回復する傷
麻酔薬によって一時的に痛みを忘れることが出来る傷

様々だろう

傷を負わせた人間は無傷で
何事もなかったかのように
安寧にしているのかもしれない

それに
じっと耐えるのか
何かを犠牲にして完治させるのか
アイツを呪うのか
殺すのか

傷は悶々と
今日も妄想を生み出す



ゴキブリ先生
投稿日 2001/02/21 (水) 19:16 投稿者 ひろぽん

ゴキブリみたいなヤツが
先生といわれ、
敬い、慕われ、珍重されている

悪さをはたらいた後は
カサカサと
どこかへ身を隠す

すばしこいヤツ
しぶといヤツ

ゴキブリ先生のフンを
コネって作ったものが
大層なもののように
巷で売られ
買われていく

真実なんて
エテしてこんなものなんだ



無題
投稿日 2001/02/22 (木) 02:09 投稿者 椿

真夜中に鐘が鳴ったおじいさんの時計。
アハハハハ。
ジジィくたばりやがった、ザマアミロ。
アハハハハ・・!



独り遊び
投稿日 2001/02/22 (木) 15:35 投稿者 ひろぽん

       死ね!

死ね!


             死ね! 死ね! 死ね! 死ね!

死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!
  死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!
     死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!
         死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!


                  死ね!   死ね! 死ね!

死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!



どんなに叫んでみても
空に波形が舞い
立ち消えて行くのみで

いつしか
その模様に酔いしれる



机と椅子
投稿日 2001/02/23 (金) 12:52 投稿者 ひろぽん

机と椅子には
アイツの臭いが付いていた

消毒剤をふりかけるも
やはり消えない

捨てるしかないのか・・・

しかし
この机と椅子がなければ
仕事はできないし
居眠りさえもできない

一時的にでも
不快を忘れようと
仕事に没頭する



ロリータコンプレックス
投稿日 2001/02/23 (金) 19:21 投稿者 雨森はとな

おじさん
あたし おじさんのことがすきなの

満ち行く少女が通り行く街
見上げた視線
通りすがりの幻聴
ふっくらとした白い肌
 美しい眼球 ぎょろぎょろと
【あたしの瞳をえぐってネ】と私に囁きかける
老いていくだけの女にはない
 悩ましげな妖しさ 
あのこをさらってしまおうか?
それともこのこを食べようか?
 
今日も
考えながら、日が暮れる



無二の親友
投稿日 2001/02/23 (金) 21:42 投稿者 ひろぽん

「もうダメだ。耐えられない。」

 ココで働くことは苦痛だ。
 労働自体はむしろ楽しいし、同僚とも馬が合っている。しかし、かつてココで行われた忌まわしい凶行のことが頭から離れないのだ。
 しかも、同僚であり無二の親友であるコイツがその凶行に関わっていたのだから、皮肉なものだ。

「もう君とはこれ以上、一緒にいることはできない。君は悪い人間じゃないし、俺とも息がピッタリだ。でも、君の行いに対して、憎悪を拭い去ることはできない。
 君にとって、どれほどの事だかわからないが、それは俺の感覚の鋭敏な部分に触れる事で、耐えがたい事だったのだ。君が目の前にいなければ、俺は君をイタズラに傷つけずにすむ。
 事実を忘れることはできても、消し去ることはできないのだ。なんなら、記憶が無くなるよう、俺をひと思いに殴ってみてくれ。」

 俺は違う部署を探そうと、そこを去る。同僚の表情は見るに耐えず、振り返らなかった。

「君とは、無二の親友であるがゆえに、こうした問題も見過ごすことはできなかったのだ。どこかでケリをつけなければいけなかった。運命の皮肉を呪うしかないさ。」



片思い
投稿日 2001/02/24 (土) 16:33 投稿者 ひろぽん

君の可憐さに
つかみ所のない心に
気まぐれな表情に
グイグイと
引き込まれていく

でも僕は
君に話すべき言葉を持たない

せめてその
大きな瞳で
じっと僕を見つめ

時間を止めておくれ



2月の終わり
投稿日 2001/02/27 (火) 15:30 投稿者 ひろぽん

冬に凍りついていた心が
ゆるやかに溶けていき
自由な身で
新たな居場所を探そうとするも
足元が覚束ず
不安な足取りもまた
新鮮な喜び



風邪
投稿日 2001/02/28 (水) 17:19 投稿者 はにまる

さむくてくしゃみする
はずみでめだまがでてきて
服汚す。



ゆっくりと消えていく
投稿日 2001/03/03 (土) 01:20 投稿者 kiku

揺籃する世界に
ゆっくりと消えていく意識
宇宙を攪拌しながら
このままずっと…

星 炎 揺らめき

万象への問いかけ
           あなたは誰?
           
             あなたは誰?
    
               アナタハ…



ハナコトバ
投稿日 2001/03/03 (土) 15:14 投稿者 雨森はとな

きみがため
手向ける花は
二つある
古語りになぞられて
忘れ草を
思い草と
並べてみる



クドノビヘ
投稿日 2001/03/04 (日) 04:53 投稿者 komaru

あしが痛いとお嘆きの
そうそう そーう
そこの あなた

腕が痛いとお悩みの
あー いやちがう
そこの キミ

頭が痛いと悲観している
そこの ボク

クドノビヘヲノンデ
シヌルトイヒヨ

使用上の注意をよく読んで
正しくお使いください



untitled
投稿日 2001/03/12 (月) 04:27 投稿者 yan yan

Felt the moment in which
He unzipps the skirt and touches
Also the moment in which
He zipps the heart and untouches

http://www.Eva.hi-ho.ne.jp/yoko-i/95j022/



無題
投稿日 2001/03/13 (火) 23:18 投稿者 椿

アナタの子宮にもぐりこみ
いつまでもアナタの中に宿っていたい。
暖かくて安穏な母さんの子宮
ボクをもう一人にしないで。



無題
投稿日 2001/03/15 (木) 22:12 投稿者 椿

電車に轢かれて
跡形も無く消えたあの子。
白い風船だけがプゥカプゥカと飛んでった。



投稿日 2001/03/19 (月) 13:52 投稿者 ひろぽん

複雑な形の虫は
足を引きずりながら
それでも生きていく

こんな足なら
無い方がいいのか・・・?

それを引き千切る痛みと
歩けなくなることの苦痛には
もっと絶えられない



投稿日 2001/03/22 (木) 07:50 投稿者 知弥

「ねぇ。甲高い声が聞こえますよ。」

アレは解っているんです。
私が死に向かっている事を。
私に歩くなと叫んでいるんですよ。
私が死んだらアレも死ぬ事になるんですから。
アレは私の左の耳ですよ。

「ねぇ。甲高い声が聞こえますよ。」
そう言うアナタは右の耳じゃないですか。



こわい
投稿日 2001/03/22 (木) 18:55 投稿者 雨森はとな

こわい こわい こわい こわい
子供が何かを見つめて泣いている
親には見えない
だから 子供を叱る
こわい こわい こわい こわい
・・・子供はそれでも泣きつづける
親はすこし、ゾクリとした



汗の匂いがまといつく夜
投稿日 2001/03/27 (火) 15:41 投稿者 愛蔵

機械仕掛けの猫が歯車の音をさせながら、やってくる
私の寝室に近づいてくる!
私の全身の毛穴から汗が吹き出す
もっと来て!来て!来て!
歯車の内臓を鳴らしながら……



赤の舞姫
投稿日 2001/03/28 (水) 22:10 投稿者 小田牧央


 同じようでいて書店にも個性や癖がある。土曜日は駅前のK書店を、日曜はDデパートのM書店をチェックする、と友人に話したら失笑されたので、私は咄嗟にそう反論した。
 ある日曜日、Dデパートの九階全フロアを占めるM書店にて、私は自分の言葉を噛み締めていた。成る程、書店には個性があり、癖がある。何の気なしにフラリ普段は行かない奥の専門書籍の架に足を運ぶと、思いがけず美術書の棚に欧米直輸入の画集をみつけた。欣喜雀躍とはこのときの私のことだろう。
 なかでも気になったのは、赤い装丁の本だった。片手では辛い程の重量感のそれは、開くと漆黒の背景に更紗の衣装に身を包む舞姫だった。深紅の更紗に描かれた孔雀の金の眼が、頁をめくるたびキラキラと輝くのに幻惑されて、その本をためつすがめつしながら気付けば私は足が自然にレジスターへと向かっていた。
 しかし見れば見るほど奇妙な本だった。古書でもあるまいし装丁は痛み始め題名の金文字は掠れて"edge"という一語以外読めない。奥付そのものがなく価格表記も作者名も出版社名もない。非売品が間違って売り物に紛れ込んだのかと疑う程だ。
 レジの若い女性店員に差し出すと、恐れたとおり本をあちこち調べてから「しばらくお待ちください」と告げられた。奥のほうでひそひそ先輩店員らしき男性と話していたが、やがてその男性店員も従業員以外立入禁止の扉に姿を消した。やがて現れたのは、ワイシャツに店員用エプロンがちぐはぐな、髪に白いものが混じった痩身の男性だった。
「誠に申し訳ございませんがお客様」
 革の手袋のような皺だらけの手で男は赤い装丁の本の背を苦労して片手で持ち上げた。
「この本はお売りすることができません。これをご覧になればわかっていただけると思います」
 男はもう片方の手で表紙を開き頁をつかんでパラパラとめくり始めた。するとどうだろう、先程まで漆黒の背景に舞姫の華麗な踊りが描かれていると思っていたのに、真っ白でただの空白でしかない。と驚いていると頁の奥から銀色の光がキラキラ揺れながら湧きでてきた。一枚一枚の静止画が、連続することで動くのだなとぼんやり思う間に、水流に身を任せる木の葉のように銀色の光が渦巻きながらいっぱいに溢れたかと思うと、頁をめくる男性の指をかすめて床にこぼれ落ちた。
 ツウ、と男性は呻きをあげて本を取り落とす。床に続けて二、三枚の銀色が、剃刀の刃が落ち、男性の指から血が滴る。その傍らで小口を上に開いて落ちた本の頁が、今度は逆方向にめくられる。あの舞姫が長い舌で男性の指からこぼれた血を舐めとるのが一瞬かいま見え、しかし次の瞬間にはもう本は閉じられていた。



投稿日 2001/04/08 (日) 21:24 投稿者 知弥

子供ぽい事言ってもいい?
私、アナタが好きみたい。
返事は聞きたくないの。
だからアナタはそのまま黙っていて良いの。

窓辺に腰掛け、無言のアナタにクチヅケをして
そして飛ぶ。
魔がさしたのよ。魔が・・・呼んだのよ。



淫行
投稿日 2001/04/15 (日) 04:56 投稿者 ひろぽん

性と愛とは同じもの

性をナイガシロにすれば
愛によって報いを受け
愛をナイガシロにすれば
性によって裏切られる

そんな後ろめたさのある人は
性と愛とを別モノのように言い
自分の罪を正当化しようと
弁明し、
全てが言い訳に終始する

そんなことしても無駄だよ
取り返しはつかない

早く自首しなさい
罰は日々重くなる
アナタはれっきとした犯罪者なのだ



鼻血
投稿日 2001/04/15 (日) 13:45 投稿者 獅子丸

鼻血が出た
止まらないので嬉しくなる





  繝励Ο繝輔ぅ繝シ繝ォ  PR:辟。譁僣P  蜊玲ケ冶ェ蜍戊サ雁ュヲ譬。  螢イ謗幃代雋キ蜿匁焔謨ー譁吶螳峨>  蟆る摩蟄ヲ譬。 蟄ヲ雋サ  繧ケ繧ソ繝繝峨Ξ繧ケ  繧ォ繝シ繝翫ン 蜿悶j莉倥¢  繧ソ繧、繝、 繧ケ繧、繝輔ヨ 譬シ螳  繧ウ繝ウ繝斐Η繝シ繧ソ 蟆る摩蟄ヲ譬。  繧ォ繝シ繝代シ繝  荳榊虚逕」 蜿守寢  蝗幄。鈴% 繝ェ繝輔か繝シ繝  騾壻ソ。謨呵ご  繧ソ繧、繝、謖∬セシ縺ソOK  繧キ繧「繝ェ繧ケ 蜉ケ譫